『メゾン・ド・エレクトノエル』〜PTSDと記憶障害、そして最悪なオトコとの出会い<後編>

2014-09-02 16:00 配信 / 閲覧回数 : 1,079 / 提供 : JESSIE / タグ : PTSD アスペルガー 恋愛 記憶障害


 

JESSIE

 

『211号室』<後編>

 

もうダメかもしれない。そんな絶望と恐怖と焦りのなかで、あたしは、ふと、目の前を見た。

 

なんと……。こたつのテーブルの上に、紙パックにストローをさした状態のお茶が置かれている。

 

そして、その横に今のあたしに一番必要な錠剤が2錠置いてあった。

 

深いことは考えず、兎にも角にも薬をお茶で流し込んだ。

 

力が入らないからお茶まみれになったけど、興奮状態のあたしを落ち着かせるのには十分な材料になった。

 

安堵。

 

この言葉はいつも服薬後に思い出す。大好きな言葉。

 

あれ? そういえば。大事なことを忘れていたような……。

 

そうそう、この寝てる男、こいつ誰だっけ? まぁいいか。いやよくないか。

 

机の上にメモがあった。あたしの文字じゃない。

 

『起きた時、オレが誰か分からんくっても、心配はするな。とりあえず、この薬お茶で飲んで。んで、寝ろ。バカ』

 

んんんんん………??? どういうことなのか全く理解できない。

 

薬がどんどん効いてきた。駄目だな。この薬飲んだら眠っちゃうんだった。

 

寒いな。眠気に抗えず、あたしは男のことはもう考えるのはやめにして、とにかくベッドに行こうと思った。

 

なんとか這って辿り着き、布団のなかに潜り込んだ。そうして、すぐに周りが真っ暗になった。

 

どれくらい経ったか分からないけど、目が覚めた。ふっと炬燵を見ると誰もいない。

 

さっきのって夢? 錯覚? 幻覚? 現実じゃなかったのか?

 

でもそれは、幸か不幸か現実だった。

 

だってパジャマが濡れてるんだもん。お茶の芳ばしい香りがしてるもの。

 

でも、さっき寝ていた若い男はもういなかった。

 

その代わり……、なのだろうか?

 

机の上にはまたメモがあった。

 

『明けましておめでとう。起きたか、バカ。また仕事終わったら戻って来るわ。23時ころ。夜は出前寿司食べよーな、ブス』

 

そう書いてある。

 

携帯電話見たら21時半過ぎだった。

 

ひたすら記憶の中に検索をかけ続けた。

 

あっ!! そう思うと同時に、涙が出てくる。

 

涙と一緒に、じわじわと思い出してきた。あいつが一体誰なのか……。

 

そいつの名前も何でそこにいたのかも、出会いも、関係性も思い出して、余計に泣ける。

 

3年以上も付き合いがあるのに、男女の関係にない、同志のやつ。

 

この病気にも付き合ってくれる暇なやつ。

 

バカにつける薬はないとか、死ななきゃ治らないの代名詞みたいなやつ。

 

でも、ありがとなんだよな。また助けられた。この病気に殺されて、この病気に生かされる。

 

あたしもバカだしポンコツだけど。あいつも相当にバカだな。

 

あたしの心に暖かいものが満たされていく。

 

あっ! お寿司の出前受付は22時くらいまでだった気がする。

 

そうだ。お寿司とっておかなきゃ。

 

誰かを待つって、なんかいいかもしれない。

 

あたしはその時、そんな風に思っていた。

 

 

 




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