泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第44話>
<第44話>
「コーヒーでいい?」
キッチンの中からハルくんが聞く。緊張とか焦りとかがまったく感じられない声が、かえって疑いを膨らませる。この人は浮気しておいて何とも思ってないんだろうか。
「いいよ。ありがとう」
返事をしながら、ハルくんに見えてないのをいいことにこっそり2つのマグカップに触れる。どちらも温かく、さっきまで飲まれていたことを示している。
ひょっとして、このカフェオレを飲んでいた人はまだこの家の中にいるんじゃないだろうか。
隣の部屋に、クローゼットに、もしかしてトイレやお風呂場に? 息をひそめて、何も知らないわたしを嘲笑ってるんじゃないだろうか?
それに、さっきから鼻を刺激する香水の匂い。ペパーミントが混ざってるんだろう、清涼感のあるこの匂いはいつもハルくんがつけてるものとは違う。メンズものだけれど、今どきメンズ用の香水をつける女の子なんていくらでもいる。
わたしの内心をまったく知らないハルくんが、3つめのマグカップを持ってくる。
「園香ー。できたよ、コーヒー」
「誰かいるの?」
え、とハルくんは笑顔のまま、口だけ疑問の形にした。どうしてもシラを切っている顔に見えてしまう。
「この家の中に、わたしとハルくん以外、誰かいる?」
「何言ってんだよ。もしかして園香、霊感でもある? 怖いこと言うなよ」
「ごまかさないで。幽霊はコーヒーなんて飲まないでしょう?」
2つのマグカップを指差した瞬間、ハルくんの眉間がまずいな、というようにぴくりとした。
ほんのわずかな動きだったけど、見逃さない。
「2つともさっきまで俺が一人で飲んでたんだよ。よくあるだろ? 一杯カフェオレ作ってて、まだ飲みかけだけど、冷めちゃってもう一杯作ること」
「それなら飲みかけのコップにつぎ足すし、仮にハルくんの言うとおりだとしたっておかしい。2つとも、あったかかった」
今度ははっきりとハルくんの顔から表情が抜けた。それが答えだった。
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