泡のように消えていく…第五章〜Sawa〜<第37話>
<第37話>
「東京よりもあったかいね、このへんは」
「そうね。東京は寒いでしょう。冷たいコンクリートだらけだし」
少しの間、車内に沈黙が広がる。ラジオが今年のソメイヨシノの開花は平年並みだと告げる。
「田舎もいいわよ、過ごしやすくて。慣れてる人には不便かもしれないけれど」
どんな親だって、離れて暮らしてる娘が風俗嬢をしていて喜ぶわけがない。結婚しないのなら早く田舎へ戻ってきてほしいという意思が、言外に込められている。
「もうちょっと歳とったら、考えるよ」
それきりその話題は消えて、またしばらくだんまりがあった後、お母さんは隣の家の奥さんの孫の話とか最近リニューアルしたスーパーの話とかを次々と持ち出してくる。わたしは適当なところで相槌を打つ。ラジオはいつのまにか交通情報に切り替わっている。
帰る場所はちゃんとある。
差し伸べられる手を素直に握れないのは、まだ風俗の仕事に未練があるからだ。風俗で働く理由がある限り、わたしは裸になって愛を売る。
地元の駅から15分車を走らせ、たどり着いたのは山を切り崩して作られた霊園で、この辺りに住む人々の大半が人生を終えた後、ここで眠る。ちょうどお彼岸とあって墓参りに訪れる人の姿か目立ち、園内は穏やかなざわめきに満ちていた。親に連れられてきたんだろう、小学校低学年くらいの子が墓石の間で走り回っていて、大人に叱られている。あちこちからお線香の香ばしい匂いが漂ってくる。
2人で墓石を磨き雑巾でしずくを拭き取り、お母さんが買ってきた菊の花を供えた。糸のように細く白くうねる煙に包まれながら、並んで手を合わせる。目を瞑ると、周りの音がシャッターを一枚隔てたみたいに遠ざかる。
ここに、亡き人はいない。でもここでこうしている時、わたしとお母さんはこの世でもっとも、お父さんに近づける。
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