フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第4話>

2014-07-07 20:00 配信 / 閲覧回数 : 1,089 / 提供 : 櫻井千姫 / タグ : Iori フェイク・ラブ 連載小説


 

JESSIE

 

<4回目>

 

「あたし、3月いっぱいでここ辞めるわ」

 

伝票をめくる手が止まった。

 

21時15分、閉店時間が過ぎてどの店のシャッターも降りている。それでも、伝票の整理をしたり、レジのお金を数えたりと、ショップ店員は営業時間が終わってからも忙しい。

 

今日はこの後ドリームガールだから、22時前には出なきゃいけない。さっさとやることを済ませてしまいたいのに、頭の中から計算しかけの数字が吹き飛んだ。

 

「はっ? えっ? なんでよ? 突然」

 

「実家に戻るの。そして看護学校、行こうと思ってる」

 

「えーっ!? 美和子、看護婦になりたかったの!?」

 

「今は看護“師”って言うんだよ。とっくの昔に呼び方、変わってるから」

 

同僚の美和子はタメだし、この店で働き始めたのもほぼ同時だから、他の誰よりも仲が良い。ちょくちょくご飯を食べたり飲みに行ったりする仲で、男のことや野々花のことも相談できる。風俗で働いてることは言えないけれど……。

 

「この仕事、ほんっと給料安いし、先が見えないじゃん? 伊織はすごいよね、最初はバイトで入ったんでしょ? 子育てしながら頑張って社員になって、今は店長だし」

 

「あたしだって先、見えないよ」

 

繰り返すが、アパレルの店長なんて肩書きだけの名誉職。任される責任の重さとそれに伴う待遇がまったく釣り合わない。

 

でも、あたし以上に美和子のほうが先を考えると不安になるんだろう。

 

夜の副業をまったくしてない美和子は、女性専用のシェアハウスに住んで、家賃光熱費を倹約している。

 

シェアハウスなんて友だちと一緒に暮らすようなもんで、一見楽しそうだけど、実際には気を遣うことが多いし、女同士ならではの小さないざこざが絶えないという。彼氏どころか、友だち一人も家に呼べないし。

 

親友と言ってもいい存在の美和子に風俗のことを言えないのは、そんなつつましい生活をしてるからだ。

 

 

 




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