Kaya〜風俗嬢の恋 vol.5〜<第1話>
<第1回目>
清美が死んで、次はあたしだと思った。だってあたしも、清美と同じ22歳……。もうすぐ23歳になる……。だからだ。
8月のカレンダーを剥がすと、当然ながら9月のカレンダーが出てきくる。それが誕生月であることを確認して、ため息が出た。
23歳。
きっと世の中の大人たちからしたら、じゅうぶん若い。でも裏の世界で、特にあの店で生きるにしては、もうさほど若くない。
「ねぇその傷、どうしたの?」
その初回のお客さんは、上半身裸になったあたしの腕の傷を見つけて、引きつった声を出した。
左の胸をもみしだきながら右の胸に顔を埋めてて、ふと目を上げたところに、傷があったのだ。40歳代前半ってところの、頭がうっすら禿げ上がった、中肉中背のおじさんだった。
「猫にひっかかれちゃって」
何度も繰り返したいいわけ。お客さんに傷を見つけられたら、いつもそう言っていた。
猫の爪は結構鋭くて、跡が残りやすい。別に不自然じゃないはずだ。
たいていの人は、そう言えばそれ以上は突っ込まない。なのに、おじさんは敏感な心の持ち主だったのか、不審そうに眉をひそめる。
「びっくりしたよ。まさか自分で切ったのかって」
「そんなわけないじゃないですか」
「今、多いっていうからさ。リストカットって言うんだっけ、自分で手首切るの」
言いながら傷に指を這わせてきて、一瞬腕がびくっと震える。
そこだけ皮膚がちょっと盛り上がって、飛行機雲みたいな白いまっすぐなラインになっていた。実は他に何本も傷はあるんだけど、暗闇でもよく目立つ、一番大きな傷だった。傷を撫でながらおじさんが言う。
「バカだなって思うよ、死のうとするなんて」
「……」
「俺、ちょっと前オフクロが死んだんだ、ガンで」
「そうなんですか」
「まだ60歳代だったんだ。母子家庭で俺のためにずっときりきり働いてきて、ろくに親孝行もしてやれないまま、何も返せないまま、逝ったよ。あちこち転移して、えらい苦しみながらね」
おじさんの湿った指の腹が、傷を撫でる。愛しさを込めるように、責めるように。
「生きてるだけで幸せと思えないのは、バカだよ。生きたくても生きられない人がたくさんいるんだ。最近の若者はヤワだね、ちょっとうまくいかないからってすぐ手首切ったり死んだり。おじさんには、甘えとしか思えないね」
言ってからまた、栗色の乳首を口に含む。サービスで小さく声を上げながら、思っていた。きっとこのおじさんは傷の正体に気付いているんだと。
体勢を変えるまで、白いラインを撫でる指は離れなかった。
人気記事
JESSIEの最新NEWSはFacebookページが便利です。JESSIEのFacebookページでは、最新記事やイベントのお知らせなど、JESSIEをもっと楽しめる情報を毎日配信しています。