Kaya〜風俗嬢の恋 vol.5〜<第12話>
<第12回目>
「えっ、ホントですか!?」
あたしが新人の頃からずっと通ってきてくれる、経営者だという還暦も近い白髪頭のおじさんは、ズボンのファスナーを上げながらコクコク頷いた。
タイマーの表示はようやく10分を切ったところで、2人の時間はまだ10分近くあった。
割とすぐに出してしまって、後はおしゃべりを楽しむ、むしろそっちのほうがお目当てで来るというお客さんは、案外多い。そしてそのおしゃべりの中で、客と風俗嬢以上の信頼関係が結ばれることも、案外多いのだ。
「うちの子会社の事務でよかったら、すぐ入れるよ。ちょうど1人辞めちゃって、探してたからね。僕の紹介なら100%入れるし」
「ありがとうございます!!」
店内に流れる大音量のトランスに負けない大声で言って頭を下げると、おじさんはあからさまに戸惑った。
「や、やめてよ。そんなにかしこまらなくたって。なんか、こういうところの女の子に必要以上に丁寧にされると、調子狂うんだよね」
「いえ、仕事を紹介してもらえるんですもの。当然です。ありがとうございます」
「って頭下げないでよ、また。普通にしてってば」
おじさんはヤニで黄ばんだ前歯を見せて、困ったように笑った。
別に他意なんてなく、もしかしたら、という甘い期待があるわけでもなく、ただのよもやま話のひとつとして就職活動のことを話すと、まさに棚から牡丹餅式に仕事を紹介してもらえるという、奇跡。
これってコネ入社に入るんだろうか? ううん、誰がどう考えてもコネ。けど別にいい。この際、コネでもなんでもいい。入ってしまえばそんなこと、きっと関係ない。
おじさんを見送って休憩室に戻ると、奥にりさが、手前に富樫さんがいて、あたしは富樫さんに歩み寄り、声高らかに告げた。
「富樫さん。あたし、ここ辞めようと思います。今までどうもありがとうございました」
深く頭を下げて、ゆっくり三秒数えて、上げた。富樫さんが、その肩越しからこっちを見ているりさが、びっくりしていた。
「辞める? ソープに移るんじゃなくて?」
「仕事、決まったんです」
「仕事って」
「普通の仕事です。ただの事務ですけど。それもコネ入社ですけど」
富樫さんは少し目を見開いて、それからいつもの少しけだるい、少し皮肉の混じった笑いを浮かべた。
「そっか、おめでとう。頑張りな。普通の仕事は大変だよ、ウチみたいに甘くないからね」
「ハイ! 頑張ります!!」
入り口のドアが開け閉めされ、入ってきたお客さんに応対するために、富樫さんが駆けていく。
頑張りなと、相変わらず皮肉めいた笑顔をひとつ、あたしに投げてから。
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