Kaya〜風俗嬢の恋 vol.5〜<第14話>
<第14回目>
富樫さんの言う通り、普通の仕事は大変だった。
パソコンなんてインターネット以外使ったことがない。どうして計算を電卓じゃなくてソフトでしなきゃいけないのかわからない。
オフィスには専門用語という、あたしには外国語にしか聞こえない言葉が飛び交う。
第一事務なんて、OLなんて、一度もやったことなかった。
まったく新しい世界のハードさと覚えることの多さに押しつぶされて、あたしは出社3日目で早くも限界を迎えていた。
「ねぇ、何よ、このメールの書き方。なんでこんなこともわからないの!? 一般常識じゃない。あなたには、こんなことまでいちいち教えなきゃいけないわけ!?」
「……すみません」
石坂さんは、切れ長の目をきっと吊り上げて、額に深い皺を作り、これみよがしなため息をついた。
向かい合っているあたしは、蛇に睨まれた蛙で、目を見て謝らなきゃいけないのはわかってるのに、首をすくませることしか出来ない。泣かないようにぎゅっと涙腺に力を入れるのが、精一杯だった。
30歳代半ばぐらいのこのお局さんは、始終いらいらしていた。
なんでいらいらしているのかわからないけど、とにかくいらいらしていた。そしていらいらの矛先はもっぱらあたしに向けられた。
同僚は誰も助けてくれない。べたっと青く塗られたパーテーションの向こう側でじっと息を詰めて、嵐をやり過ごすように石坂さんの怒りが収まるのを待つだけ。
昨日もおとといも不機嫌だったけど、今日の石坂さんはいつにも増して不機嫌だ。ぶすっとした顔のまま、あたしを蹴りたくてしょうがないという衝動を抑えるように、おもむろに脚を組みかえる。
「いくら新人だからってひどすぎるわ。あなたみたいなの、見たことない」
「すみません」
「あなたやる気あるの?」
「……あります」
「本当に? わたしには全然そうは見えないんだけど」
泣きたかった。でも泣いちゃいけない。涙に甘えるなんて格好悪いことは大人として絶対いけない。
大体悪いのはあたしなんだし。トロくて、仕事が出来なくて、この歳まで生きる術を何ひとつ身につけてこなかった、あたしが悪い。
怒鳴られたって、なじられたって、しょうがない。
人気記事
JESSIEの最新NEWSはFacebookページが便利です。JESSIEのFacebookページでは、最新記事やイベントのお知らせなど、JESSIEをもっと楽しめる情報を毎日配信しています。