Kaya〜風俗嬢の恋 vol.5〜<第19話>
<第19回目>
仮面のような笑顔を顔に貼りつかせた店員が、コーヒーのお代わりを持ってくる。カップを差し出した時、仮面の笑顔が剥がれて本物の表情が見える。
店員の視線で、袖がめくれていたことにすぐ気付く。
けれども、慌てて戻すのもかえってそれが見られたくないものだと言っているようで、動けなかった。
店員はごゆっくり、と微笑んであたしに背を向ける。その笑顔は、もう仮面がひび割れて、本音が透けていた。店員がカウンターの中に戻っていたのを見届けてから、さりげなく袖を戻した。
あたしの左腕は、無数の傷跡で、脱皮中の未知の生物の身体みたいになっている。
不登校がちだった思春期の頃、ベッドの隅で1人うずくまって、手首を切ることに熱中していた。
何時間も何もしないで、流れる血が固まり、かさぶたになっていくのをひたすら見つめてることもあった。
自分でも気持ち悪いし、異常だと思ってるのに、やめられない。
その時はなんでそんなことをするのか、そんなことをせずにいられないのか、自分でも全然わからなかったけれど、今ならわかる。風俗を初めてから、一度もやってないから。
好きでもない男の人に、唇を吸われたり、あそこを弄られたり、そんなことが、カッターで自分の身体を切り裂く代わりになってるんだ。キスも、おっぱいやあそこを触られるのも、ペニスを咥えるのも、嫌なことだった。
でもその嫌なことをしているだけで、自分で自分を罰することで、あたしはちょっとだけ癒される。
こういうことに耐えているうちは、生きていてもいいような気がする。何も出来なくて生きることに不器用過ぎる、ダメダメな風俗嬢のあたしでも。
右隣のテーブルで笑い声がはじけ、無意識に視線がそっちに移る。幸せしか詰まっていないような笑顔が、目に痛い。
左隣の親子は、笑い合いながら店を出て行った。カウンターの中の店員さんたちがありがとうございますー、と声を合わせた。
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