Kaya〜風俗嬢の恋 vol.5〜<第28話>
<第28回目>
やよいがいなくなって富樫さんと二人きりになると、小さな部屋の中の空気は急に重くなる。富樫さんがコホンと小さな咳をした。
「あの、富樫さん」
「あのさ、まゆみ」
声が重なり、顔を見合わせる。富樫さんが、リノリウムの床の表面に目をさまよわせながら言った。
「あのさ。俺は別にいいと思うんだよ、恋愛は自由だし」
「え?」
「やよいが本当に好きなら、応援する」
「富樫さ……」
ん、まで言えなかった。ダイナマイトみたいな笑いが喉を突き破ったから。さっきとは違う涙で、視界が曇る。富樫さんが怒った声を出す。
「何笑ってるの?」
「いや、だって!!」
「あのさ、俺は真剣に言ってるんだけど」
「わかってます、はい、すみません」
大丈夫だ。あたしはまだ、笑える。
どんなに深いどん底にいても、ダメダメだと思ってても、面白ければ、ちゃんと笑える。笑えるうちはまだ、大丈夫な気がするのだ。
ようやく笑いの発作が去った後、まだ不機嫌顔の富樫さんに向き合い、背筋を伸ばす。
「富樫さん。あたし、系列のソープ、行きます」
「おう。覚悟、出来たの?」
「はい」
「大歓迎。まゆみなら絶対稼げるよ」
富樫さんがにやりと、いつものどこか皮肉めいたような笑い方をする。
やっぱりここに戻ってきた、自分の思った通りだった、この子はもうまともな世界なんかじゃ生きていけない。そう、思っているんだろう。
それでいい。あたしの進む道はどこまでもあたしだけのもので、この人には関係ない。初めて、そんなふうに思えた。
「そのソープって最高、何歳ぐらいまでですか?」
「えっとね、今だと35歳の人がいたな、たしか」
「あたし、12年はいられるってことですね」
「おいおい、居座る気かよ。普通の仕事を頑張るって言ってたまゆみはどこに行った?」
「いいんです、もう。で、そこももういられなくなったら、次は熟女系ですかね」
「まぁ、今だと60歳代の風俗嬢もいたりするよね、今熟女ブームだし……。てかまゆみ、どうしちゃったの」
あたしは笑って言った。
「どうもしてません。しいていえば、一生風俗宣言ってところです」
富樫さんは顔全体で驚いた後、また皮肉の混ざった笑いを見せた。
13才のあたしは、部屋の隅っこで手首の傷口から溢れる血を見ていた。
23才のあたしは、友だちを失い愛する人を失い、途方に暮れてる。
33才のあたしはどうなってるだろう?
日々確実に磨り減っていく若さという財産にため息をついている? 相変わらず思い通りにならないことだらけで、いじけて膝を抱えている?
それとも、少しはちゃんと、この仕事に誇りを持てているだろうか?
未来なんて見えないし、希望なんかない。
でもあたしは、ちゃんと生きていける。
どこにもないと思ってたあたしの居場所は、実はすぐそばにあって、それがどんなところだって、あたしは清美みたいに逃げたりしない。
そう、しゃんと背中を伸ばして、ここで生きていくんだ。
『風俗嬢の恋』 <完>
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