Kaya〜風俗嬢の恋 vol.5〜<第28話>

2014-03-07 20:00 配信 / 閲覧回数 : 1,206 / 提供 : 櫻井千姫 / タグ : Kaya 連載小説 風俗嬢の恋


 

JESSIE

 

<第28回目>

 

やよいがいなくなって富樫さんと二人きりになると、小さな部屋の中の空気は急に重くなる。富樫さんがコホンと小さな咳をした。

 

「あの、富樫さん」

「あのさ、まゆみ」

 

声が重なり、顔を見合わせる。富樫さんが、リノリウムの床の表面に目をさまよわせながら言った。

 

「あのさ。俺は別にいいと思うんだよ、恋愛は自由だし」

「え?」

「やよいが本当に好きなら、応援する」

「富樫さ……」

 

ん、まで言えなかった。ダイナマイトみたいな笑いが喉を突き破ったから。さっきとは違う涙で、視界が曇る。富樫さんが怒った声を出す。

 

「何笑ってるの?」

「いや、だって!!」

「あのさ、俺は真剣に言ってるんだけど」

「わかってます、はい、すみません」

 

大丈夫だ。あたしはまだ、笑える。

 

どんなに深いどん底にいても、ダメダメだと思ってても、面白ければ、ちゃんと笑える。笑えるうちはまだ、大丈夫な気がするのだ。

 

ようやく笑いの発作が去った後、まだ不機嫌顔の富樫さんに向き合い、背筋を伸ばす。

 

「富樫さん。あたし、系列のソープ、行きます」

「おう。覚悟、出来たの?」

「はい」

「大歓迎。まゆみなら絶対稼げるよ」

 

富樫さんがにやりと、いつものどこか皮肉めいたような笑い方をする。

 

やっぱりここに戻ってきた、自分の思った通りだった、この子はもうまともな世界なんかじゃ生きていけない。そう、思っているんだろう。

 

それでいい。あたしの進む道はどこまでもあたしだけのもので、この人には関係ない。初めて、そんなふうに思えた。

 

「そのソープって最高、何歳ぐらいまでですか?」

「えっとね、今だと35歳の人がいたな、たしか」

「あたし、12年はいられるってことですね」

「おいおい、居座る気かよ。普通の仕事を頑張るって言ってたまゆみはどこに行った?」

「いいんです、もう。で、そこももういられなくなったら、次は熟女系ですかね」

「まぁ、今だと60歳代の風俗嬢もいたりするよね、今熟女ブームだし……。てかまゆみ、どうしちゃったの」

 

あたしは笑って言った。

 

「どうもしてません。しいていえば、一生風俗宣言ってところです」

 

富樫さんは顔全体で驚いた後、また皮肉の混ざった笑いを見せた。

 

13才のあたしは、部屋の隅っこで手首の傷口から溢れる血を見ていた。

 

23才のあたしは、友だちを失い愛する人を失い、途方に暮れてる。

 

33才のあたしはどうなってるだろう?

 

日々確実に磨り減っていく若さという財産にため息をついている? 相変わらず思い通りにならないことだらけで、いじけて膝を抱えている?

 

それとも、少しはちゃんと、この仕事に誇りを持てているだろうか?

 

未来なんて見えないし、希望なんかない。

 

でもあたしは、ちゃんと生きていける。

 

どこにもないと思ってたあたしの居場所は、実はすぐそばにあって、それがどんなところだって、あたしは清美みたいに逃げたりしない。

 

そう、しゃんと背中を伸ばして、ここで生きていくんだ。

 

 

『風俗嬢の恋』 <完>

 

 

 




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