フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第4話>
<4回目>
「あたし、3月いっぱいでここ辞めるわ」
伝票をめくる手が止まった。
21時15分、閉店時間が過ぎてどの店のシャッターも降りている。それでも、伝票の整理をしたり、レジのお金を数えたりと、ショップ店員は営業時間が終わってからも忙しい。
今日はこの後ドリームガールだから、22時前には出なきゃいけない。さっさとやることを済ませてしまいたいのに、頭の中から計算しかけの数字が吹き飛んだ。
「はっ? えっ? なんでよ? 突然」
「実家に戻るの。そして看護学校、行こうと思ってる」
「えーっ!? 美和子、看護婦になりたかったの!?」
「今は看護“師”って言うんだよ。とっくの昔に呼び方、変わってるから」
同僚の美和子はタメだし、この店で働き始めたのもほぼ同時だから、他の誰よりも仲が良い。ちょくちょくご飯を食べたり飲みに行ったりする仲で、男のことや野々花のことも相談できる。風俗で働いてることは言えないけれど……。
「この仕事、ほんっと給料安いし、先が見えないじゃん? 伊織はすごいよね、最初はバイトで入ったんでしょ? 子育てしながら頑張って社員になって、今は店長だし」
「あたしだって先、見えないよ」
繰り返すが、アパレルの店長なんて肩書きだけの名誉職。任される責任の重さとそれに伴う待遇がまったく釣り合わない。
でも、あたし以上に美和子のほうが先を考えると不安になるんだろう。
夜の副業をまったくしてない美和子は、女性専用のシェアハウスに住んで、家賃光熱費を倹約している。
シェアハウスなんて友だちと一緒に暮らすようなもんで、一見楽しそうだけど、実際には気を遣うことが多いし、女同士ならではの小さないざこざが絶えないという。彼氏どころか、友だち一人も家に呼べないし。
親友と言ってもいい存在の美和子に風俗のことを言えないのは、そんなつつましい生活をしてるからだ。
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