フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第32話>
<32回目>
ほんの少しの時間とはいえ、会えばデートを重ねる二人。
まだ決定的な一言もなければ手を繋いですらいないけれど、これは明らかに付き合うこと前提の流れだ。しかも佳輝くんは、あたしに子どもがいるって聞いても去っていかないし、それはそれだけ真剣にあたしと向き合おうとしてくれていると捉えてもいいんじゃないのか。
だからこそ、あたしが風俗で働いているのは問題なんだ。
いくら度量の大きな佳輝くんだって、毎日自分の女がお金のために身も知らぬ男の前で裸になって股を開いてるなんて、耐えられるわけない。
このまま、何も言わないまま、付き合い続けられないかとも思う。普通に考えたら、それがベストな選択肢なんだから。
一方で、こんなに真摯にあたしを見つめる佳輝くんに秘密を持つことはとんでもない裏切り行為であって、だいたい隠し続けていつまでもバレないって保証はない。隠していた期間が長ければ長いほど、火種は強力になる。
「今度さ、3人で遊びに行こうよ。伊織ちゃんと野々花ちゃんと、俺とで」
短い逢瀬を終え、駅に向かって歩き出しながら佳輝くんが言う。
少しずつ新宿の街にも人が増えていて、スーツ姿の男女と何人もすれ違った。
これから佳輝くんは地下鉄に乗って職場へ、あたしは電車に乗って野々花のお迎えへ。それぞれの違う一日が始まる。
「仕事、大変なのはわかってるよ。でも1日ぐらい、時間作ってほしい」
「……佳輝くん、それがどういう意味か、わかってる?」
同じテンポで歩きながら心臓のリズムだけがどんどん速くなっていく。風がさっきまでよりも冷たく感じるのは、それだけ頬が熱いからだろう。
「あたしは、普通の女よりも重いよ。子どもいるから、自分のことばっかり考えられない。いい加減に生きるわけにいかないし、いい加減に人を好きになるわけにもいかないの」
「わかってるよ。伊織ちゃん、真面目な子だもん」
人ごみで溢れる横断歩道の前で立ち止まり、向き合った。
地下に続く階段がぱっくり口を開けている。
あと数十秒で、佳輝くんはその階段を下り地下鉄に乗ってしまう。その前に確かめ合わなきゃいけないことがあった。
でも、あたしの唇は、本音と裏腹な言葉を吐く。
「少し、考えさせて」
「わかった。ずっと待ってる」
あたしの返事を最初からわかっていたように佳輝くんが言って、緊張から解放されたように微笑んだ。
あたしも笑おうとしたけれど、口もとを引っ張り上げるのがやっとだった。
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