フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第36話>
<34回目>
壁掛け時計の針は家を出る支度をしなゃきゃいけないぎりぎりの時刻を差していた。
「野々花―、おままごと終了。保育園行くよ、ちょっと急いで」
野々花はこういう時、もっと遊びたいとぐずったり拗ねたりしない。はぁいと自分から外出用の服に着替え、保育園のバッグを取ってくる。本当に聞き分けのいい子だ。
でも今日は、黄色いバッグに連絡帳を始めとする持ち物を詰めている時から、口元がきゅっとかたく引き結ばれているので、悪い予感がした。
家を出て保育園に向かって歩き出す間、野々花は目に見えて不機嫌だった。お歌を歌おうと言えば、「イヤー」と突っぱねられ、自動販売機の前でジュース買ってあげるねと言っても「飲みたくない」と言う。
野々花は駄々っこ怪獣だねと言ったら、黙りこくってしまった。
「今日、野々花保育園お休みする」
野々花の不機嫌は保育園につき、今まさにゆうちゃんの手に預けようとするところで最高潮に達した。
泣き出しそうに腫れた目で怒っている。
「だめだよ、行かなきゃ」
「いや。野々花、保育園行かない。ママと行く」
「無理だよ。ママお仕事だもん」
「じゃあ、野々花もママとお仕事行く」
「そんなことできるわけないでしょう?」
叱ったつもりはなく、ごく優しいトーンで言ったはずなのに、野々花の感情の堤防がここではち切れた。
いやいやいやいや、絶対いや、ママと行くママと行く、行くったら行く。駄々っこ怪獣が怒り泣き暴れて、手のつけようがない。ゆうちゃんは子どもの手前にっこりしているけど、明らかに困っている。
最近ドリームガールの前に保育園に預けようとすると機嫌が悪いことは多かったけれど、ここまでの爆発ぶりは初めてだった。
「いや、ママ、行っちゃやだ」
「大丈夫だよ、いつもとおんなじ。また朝、迎えに来るから」
「それでもやだー。野々花、ママと離れたくない」
顔じゅう涙と鼻水だらけにした野々花を思わず抱きしめた。胸の底の痛いところに、ぐりぐり押し付けるように。
風俗で働くのは野々花のためだと思ってた。でもそんな恩着せがましい言葉は、野々花にとってものすごくひどい言葉だったんだ。
野々花のため、野々花のためと言っておいて、結局は自分のためだ。身を削って子を養うけなげな母親になって、頑張ってるねって言われたかった。お客さんに可愛いねとか気持ちいいねとか言われて嬉しかった。そんな自分の中の後ろ暗い気持ちを野々花のためという一言でごまかしていた。
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