フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第40話>
<40回目>
いつものように仕事を終え、いつものように今日の稼ぎを受け取り、いつものように始発に乗る。
いつものように電車に揺られ、いつものように人間観察をする余裕はなく、いつものように電車を降りる。
いつものようにホームを吹きすさぶ冬の朝の冷たい風になぶられ、いつものようにコートの中で肩を縮めて歩く。いつものように野々花が待つ保育園が迫っている。
逃げ出したい、すべて放り出したい、このまま駅へ走って電車に乗って新宿へ戻り、知らない特急に乗り込んでどこかへ行ってしまいたい。どこでもいい。ここ以外なら。
そんな気持ちを押し込めようと、機械的にいつもの行動を取る。
もしこのままあたしが迎えに行かなかったら、野々花はどうなるだろう?
泣いて、騒いで、ママ、ママと泣き喚くのか? でも、それも一時のことで1カ月もしたらけろりと笑っているのか。
「おはようございます」
今日も安っぽいファーコートの女とすれ違い、会釈を返す。死ぬほど行きたくないと思ってるのに、あたしの足は保育園へ向かっている。母親の義務と使命を全うするため。
携帯はお店からの電波を受信するばかりで、あの時から不気味な沈黙を保っている。
ひょっとしたらもう二度と佳輝くんからのメールを受け取ることはないのかもしれないし、でも話し合った結果、お互い嫌な思いをするよりそのほうがいいんじゃないかとも思える。
そもそも無理だったんだから。あたしたちが上手くいくはずなかったんだから。
どんなにあたしと真面目に向き合ってくれたって、佳輝くんが本気で野々花の父親になろうとしてくれたって、所詮は25歳なんだ。
風俗を通じていろんな人と接していればわかるけれど、男の25歳なんてまだまだ子ども。
どれだけ気持ちがあったって、佳輝くんはまだ親になる現実的な重みをまったくわかっていない。それにままごとの世界でしかお父さんを知らない野々花が、降ってわいたように出てきた父親を受け入れられるとも思えない。
いちごムースみたいなのっぺりしたピンク色で塗られた保育園の建物が見えてくる。電信柱をあと1本通り過ぎれば、園についてしまう。
やっぱり行きたくない。
こんな気持ちのまま、あんな別れ方をした野々花に会いたくない。
足を止めかけた時、けたたましい着信音が静かな朝の住宅街に響き渡る。
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