フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第44話>
<44回目>
「野々花ちゃん、寝る直前にこれ、描いてたんです。まだ途中だから、見せたら怒られちゃうかな」
ゆうちゃんが画用紙に描かれた野々花の絵を差し出す。5歳児らしい不器用なタッチで作られた、髪の長い女の人。体の部分が描きかけで、右足と右腕がない。画用紙の右端に縦で大きく、『おかあさん』。
「ママへの誕生日プレゼントなんですって」
「……覚えててくれたんだ」
「はい。最近、ママはいつも夜の仕事に行く前に怖い顔をしてるから、笑ってるママの絵を見せたら、笑ってくれるかな、って」
「野々花、そんなこと言ってたんですか?」
ゆうちゃんが無言で頷く。
目の前のこの若くてしっかり者の保育士は、あたしが夜の間何をしているかきっと知っている。
あたしがどんな思いで風俗で働いてるか、どれだけ風俗に囚われているか、話したってこの仕事を知らない人と分かり合えるとは思えない。
それでもその目は、母親としてのあたしを信じている。野々花と同じように、お母さんと同じように、まっすぐに。
なんで、野々花に風俗のことを知られてるんじゃないかなんて、それであの子があたしを責めてるなんて、思ったりしたんだろう? 野々花はただ、あたしを心配していただけだ。
ちょうどドリームガールの仕事が終わるタイミングで、佳輝くんからメールが入った。
約1週間ぶりだった。待ち合わせはよくデートしたハンバーガ屋さんじゃなくて、最初に彼と話した西口のロータリー。
佳輝くんは歌を乗せずにギターを奏でていた。
メロディのないハーモニーには、言葉になりきれない気持ちが秘められているようで、意味ありげに響く。土曜日の朝で人通りが多いけれど、やっぱり誰も立ち止まらない。あたしだけが佳輝くんと向き合う。
佳輝くんは一度だけあたしと目を合わせた後また手もとに視線を落として、それから20秒ほど弾いてから余韻を残して音楽は消える。
「それ、何かのオリジナル?」
「そう言われれば、そうかな。何か弾かずにはいられなくって、適当にやってた」
幅の広い二重の目が改めてあたしを見る。もう二度とメールは来ないと思ってた。もう二度と会わないと思ってた。
それでいい、とも。
ううん、やっぱりそれじゃイヤだと思ったから、あたしはここに来たんだ。
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