フェイク・ラブ 最終章〜Rin〜<第36話>
<第36回目>
「美樹さん、延長になったって」
「何分?」
「一時間」
「えー、あたしそれまで帰れないの?」
「だから、先にはるかさん送ってってさ。もうそろそろ始発、動くだろ」
まだだいぶ吸える煙草を携帯灰皿でもみ消して、冨永さんが歩き出す。その半歩斜め後ろを、あたしが行く。
後ろから照らす街灯がアスファルトに2人の影を伸ばす。
本物の2人の間にはものさしひとつ分ぐらいの距離があいているのに、地面の上の2人はくっついたりからまったりしながら動いている。
「店、辞めるなよ。いや、辞めてもいいけど、俺に言ってからにして」
あたしのほうを見ないで冨永さんは言う。
感情を押し殺したようなあまり抑揚のない声の裏には、単なる感情以上のものが込められていることをあたしは知っている。
「また、いきなり凛に会えなくなるのは、嫌だから」
「わかった。冨永さんも、辞める時はあたしに言ってからにして」
「オッケー。頑張ろうな、お互い、もう少し」
「頑張る」
「車戻るまで。今だけ。手、繋いでいい?」
「……いいよ」
わざとぶっきらぼうに差し出した手を、大きな手が力強く握った。
5年前とまったく変わらない姿のワゴンまで、あと20メートルほどしかない。
恋人としては一緒にいられなくても、あたしたちは同じ場所で働く同志だ。今までもこれからも。
そのことが、仕事を全然好きになれなくてもプライドを持てなくても、まだまだ風俗嬢として生きるしかないあたしを、勇気づけている。
ワゴンの後ろでゆっくり指をほどいた。
フェイク・ラブ 最終章〜Rin〜<完>
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