ブーティー・ギャング・ストリッパーズ<第30話>
<第30回>
T/C Show & LoungeにはVIPルームがある。ガラス張りの個室になっているそこは一階席からは見えないようになっており、ときどき芸能人や大企業の重役が利用することもあるそうだ。
VIPルームで客の接待をするのは大体が和泉や柾、ミシェルといった「重鎮」たちだった。一介のダンサーやボーイをつけて失礼があってはならないから、というのが理由だが、それはあくまでもこちら側の理由である。
客側の要望があれば新人だろうがバーカウンターで作業中のバーテンだろうが、行かないわけにはいかない。VIPルームを使うような客が一度に落としていく額は桁が違う。
だからその日、柊太郎が自分の二回目のステージが終わってすぐにVIPルームに呼ばれたとき、緊張はしたが驚きはしなかった。ただ、自分を指名するなんて風変わりな客もいるものだと思っただけだった。
VIPルームには開店前の掃除で何度か入ったことがあった程度だが、営業時間中に入ってみると照明が落ちているせいもあって印象がだいぶ異なる。
深緑色のベルベットのソファに紫檀のローテーブル、それらを引き立てる毛足の長い黒い絨毯。
ソファには、中年というにはまだ若いスーツ姿の男が座っていた。威圧感にまではならない存在感をつややかに放っている。
男は体のラインを上品に引き立てるデザインのスーツを着ていた。柊太郎がわからないだけで、きっとブランド品だろう。生地の質感も、暗いところで見ても、単にいい・悪いではなく「洒落ている」とわかる。
すべてが柊太郎にとって非日常だった。
だが……。
(ま、柾さん……!)
男の隣には、舞台を終わらせたばかりでまだ汗ばんでいる柾がいた。
非日常感も、同じ部屋に柾がいる状態では、ごく些細なことに過ぎなくなった。
もしも上客相手にヘマをやらかしたら柾からどれほど叱られるか。想像するだけでも背筋が伸び、指先にまで神経が行き届く。
テーブルの上には、店でいちばん高価なサロンというシャンパンが開けられ、氷のたっぷり入ったシャンパンクーラーに入っていた。
サロンは、名前を聞いたことはあっても実物を見るのは初めてだ。客と柾の前にはすでに琥珀色の液体が半分ほど注がれたフルートグラスが置かれ、チーズや生ハムや、素材が何なのかよくわからないが形も色も美しい料理が並べられている。
柾に目で指示された通り、客を真ん中にする形で座った。
「この子の分、もうひとつシャンパングラスを持ってきて」
男が柊太郎を連れてきたスタッフに声を掛けると、スタッフは一礼して去り、すぐにフルートグラスを持って戻ってきた。
フルートグラスを受け取ると、男がシャンパンを注いでくれた。
男が近づくと、何の香水なのかわからないが、とろけるようないい香りがした。彼が先ほどからそこはかとなく漂わせている色気そのもののようで、頭の奥がぐらりとする。
名前を問われたので、「柊太郎です」と答えた。
「乾杯」
促されるままに、柊太郎は男とフルートグラスを合わせた。グラスの縁が男のそれより下になるように注意する。もう意識せずにできていることなのに、今日はやけに気にしてしまう。
「柊太郎、こちらは伊藤さんだ。伊藤さん、まだ入って日の浅い奴で何もできませんが……」
柾が慣れた口調で双方を紹介した。
もともと生真面目なところのある柊太郎は、VIP以外の客でも名前を忘れないように努めていたが、この伊藤という男の名前は絶対に、何があっても、帰りに転んで頭を打っても忘れないだろうと思った。VIPルームでいちばん高いシャンパンを気を張る様子もなく飲むような男だ。
「いいよ別に。柾の弟子らしくて、飾らない子でいいじゃないか」
伊藤はさらさらと笑うと、フルートグラスに口をつけた。
そのまま優雅な動作で、隣の柾に体を預ける。柾も慣れた様子で伊藤の肩を抱いた。
(……えっ)
柊太郎はグラスに口をつけたまま、固まってしまった。
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