ブーティー・ギャング・ストリッパーズ<第42話>
<第42話>
数分もせずに柾は湯気の立つマグカップを二つ持ってキッチンから出てきた。
カップをテーブルに置き、柊太郎の正面のソファに掛ける。
二人はしばらく無言で向き合った。テレビもなければ、音楽がかかっているわけでもない。八階では外のざわめきも届かない。壁が分厚いのか、夜遅いせいか、隣人たちの生活音も漏れてこない。
聞こえるのは自分と柾の息づかいだけだった。自分の息はやけに早く、浅くなっているのに比べて、柾はいつも通りだ。
コーヒーに口をつける気にはなれなかった。柾がそうしようとしなかったからだ。柾は背筋はしっかり伸ばしながらも、視線はわずかに落として、カップの淵あたりを見つめていた。
「あの……」
無音に耐え兼ねて柊太郎が声を出したのと、柾がこう言ったのは同時だった。
「お前に伝えておきたいことがある」
柾は柊太郎をじっと見つめていた。その目には、今までのような厳しさだけではない、何か訴えかけようとするような、たぶん、切実さと呼べるものが宿っていた。
柊太郎の頭にまず最初に伊藤の像が浮かんだが、すぐにそれを消す。違う。柾は伊藤のことを話そうとしているのではない。直感でわかった。
長い時間が流れた、気がした。柊太郎はその間ずっと息を詰めていた。
「……誰にも言っていないが、去年、公演中に膝を壊した」
やがて、柾は独り言のように言った。
「正直に言って、あとどのぐらい踊れるか……あのステージに立っていられるか、わからない」
「柾さんが……ステージに……」
立てなくなる?
唖然とした。伊藤のことも忘れた。クビを宣告されるかもしれないという不安も忘れた。ただ、柾の言ったことが信じられなかった。
柾のいないステージなんて想像できない。ステージだけではない。店も、控室も、そしてVIPルームも、指導される自分自身も。それだったら、最初からそんなものはなかったのだといわれたほうがまだすんなりと入ってくる気がする。
「俺はいつまで踊れるかわからない焦りで、ときどき……いや、しょっちゅうだな、新人に厳しく当たるようになった」
柊太郎はカップの淵を見つめながら続ける。その目からは力こそ失われていなかったが、きっとカップの淵など目に入っていなかっただろう。
柊太郎の脳裏に、数ヶ月前の出来事がよみがえる。店から飛び出した柊太郎を迎えに来てくれた日、てまりは言っていた。
――柾さんは最近、新人に厳しすぎる。前はこんなことあり得なかった。
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