泡のように消えていく… 第一章〜Chii〜<第1話>
<第1話>
5月に20才になったばかりのわたしがかろうじて知っている昔のポップスが、耳を澄ましてなんとか聞こえるぐらいのボリュームで流れている、6畳ほどの部屋。
テーブルは3つ、それぞれ椅子が2脚ずつ向かい合う形で置かれていて、カフェのような作り。本当のカフェみたいにボーイさんがメニューを持ってきて、何か飲みますかと聞いてきた。
メニューにあるのはコーヒー、紅茶、梅昆布茶に野菜ジュース、オレンジジュース、りんごジュースetc。それから、ビール、ウイスキー、ブランデーと、お酒まで出すらしい。
そんなもの頼むのは、わたしのように面接に来た女の子じゃなくて、待合室に通されたお客さんだと思うけれど。
ここで遠慮するのも変な気がしたので、アイスコーヒーを持ってきてもらった。緊張のせいか、ガムシロップを入れてもやたら苦かった。
「へー、大学生なんだ。しかも結構いいとこ行ってるんだね。2年生?」
はい、と言った声が思わず掠れる。
ここはたぶん面接のための部屋で、控えめ過ぎる音量のBGMも落ち着いた色の壁紙も部屋の隅に置かれたベンジャミンの鉢も、ごくごく普通に見える。
でも壁の向こうでは、ボーイさんと思われる声やお客さんっぽい声や女の子の声が休みなく飛び交っていて、ここが間違いなくソープランドの一室で、わたしが普段生きている『普通』だとか『日常』だとかと、ほど遠い場所なんだって思い知らされる。
店長です、って名刺を渡してきた朝倉さんと名乗るこの人は、皴の具合からしておそらく40ちょっと。お父さんとそんなに変わらない年齢のはずなのに、髪の毛は赤っぽい茶髪で肩まで伸ばしていて、耳には髪の色と同じ赤いラインストーンのピアスが刺さってるし、何よりオオカミを思わせる鋭い目つきは睨まれれば皮膚がすぱんと切れそうで、いかにも裏社会の人っぽい。
そんなおじさんを目の前にして、わたしは喉はからから、首筋は汗まみれ、手のひらはジーンズの生地をしっかり掴んでいた。
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