泡のように消えていく… 第一章〜Chii〜<第15話>
<第15話>
ボリューミーなセットをあっという間に平らげた私は、一心地ついてハンバーガー屋さんを出て、電車に乗った。
平日の昼間の電車は空いていて、疲れと満腹とでうとうとしてしまった。家の最寄り駅で電車を降りても、すぐに目は覚めず、欠伸をかみ殺しながらぼんやり歩く。夏に逆戻りしたような、秋にしては力強い日差しが、眩しい。
「おっ、かずちゃんじゃーん!」
いきなり声をかけられて眠気が一気に冷める。
かずちゃん、とわたしを呼ぶのは竜希さんしかいないから、体の芯がビクンと反応した。
でも、振り返ったら見知った顔の横に大きなお腹を抱えた女の人がいて、せっかく膨らみかけた気持ちが、空気の抜けた風船みたいにしゅるしゅるしぼんでいく。
「お久しぶりです。あ、どうも」
控えめな会釈を返すと、女の人も少しはにかんだ笑顔でゆっくりお辞儀する。
ものすごい美人ってわけじゃないけれど、肩の上で切り揃えたつやのある黒髪も、やや釣り気味な切れ長の目も、お腹の赤ちゃんのためなのかヒールじゃなくて底がまっ平らのサンダルがよく似合うすらっと長い脚も、完成された女の人に相応しいパーツに見える。
お母さんが言うには竜希さんの4コ上らしいから、わたしより8才も上。完璧に、大人だ。
「あ、かずちゃんは会うの、初めてだっけー? この人、今度俺の奥さんになる由実。由実、この子一葉ちゃん。隣んちの子」
「あぁ、例の幼なじみの女の子ね。由実です、はじめまして。来月からお隣に住むから、よろしくね」
由実さんが鈴を転がすようなソプラノの声で挨拶してくれた。例のってことは竜希さん、由実さんにわたしのことを話してくれてたんだなと思って、しぼんだ気持ちがまたちょっと膨らんだ。
でも、次の瞬間には、幼稚園の頃一緒に裸で水浴びしただの、おもらしして泣くわたしの面倒を見ただの、そういうエピソードばっかりが披露されてたんだろうなと思い当たって、一瞬で心は急降下する。
竜希さんにとって「お隣のかずちゃん」は今も昔も、妹みたいな存在でしかない。
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