泡のように消えていく… 第一章〜Chii〜<第21話>
<第21話>
門のところで竜希さんと別れ家に入る。後ろ手でドアを閉めるなり長いため息が口を突いた。
今、このタイミングで竜希さんに会いたくなかった。竜希さんが結婚する人がどういう人かなんて知りたくなかった。
「何よ、玄関先でそんなにおっきいため息ついて」
トイレから出てきたお母さんがおでこに皴を寄せて言う。ジャーと勢いのいい水音。
「トイレの中まで聞こえてたわよ」
「嘘」
「研修で何か嫌な事でもあったの? ちゃんと、できそう?」
「それは大丈夫。少し疲れただけ」
ならいいけど、とおでこの皴が元に戻る。
わたしは受け継がなかった意志の強そうな目に見つめられて、急に今まで全然感じなかった後ろめたさに襲われる。
お母さんは今日わたしが何をしてきたのか、これから何をしようとしているのか、まったく知らない。デパートの惣菜売り場でバイトするからその研修を受けてきたって、適当にでっち上げた嘘を少しも疑わず信じている。
「お母さんこそ、パートは?」
「さっき帰ってきたところよ、今日はお昼までだから……。そうそう、竜希くん、来月から婚約者と一緒に暮らすらしいわねぇ。お腹もう、こんなおっきいんだってよ」
と、やたら嬉しそうに体の前で大きなお腹を作るように手を動かす。
そのままお茶淹れてあげるからとキッチンに連れていかれ、半ば強引にお母さんの長話に付き合わされるはめになる。その話さっき本人たちから直接聞いたとは、なんとなく言えなかった。
近所の奥様方との噂話と、韓流タレントの追っかけと、成果の出ないダイエットを生き甲斐に生きているようなお母さん。決して嫌いではないけれど、真似したいとは全然思わない。
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