泡のように消えていく… 第一章〜Chii〜<第28話>
<第28話>
「沙和はナンバーワンだから、部屋つきの嬢なんだ」
一階へ降りながら朝倉さんが声を潜めて言った。
「部屋つきの嬢は周りを気にしないで、個室でのんびり待機できる。ただしうちは個室が少ないから、その特権が与えられるのはナンバーワン、ツー、スリーの3人だけなんだ。知依も早く部屋つきの嬢になれるといいな」
「そんな、わたしなんて」
「知依は自分で思っているよりずっとキレイなんだ、自信を持て」
キレイ、だなんてあんまりさらりと言うもんだから、思わずわたしの一歩先を歩く朝倉さんの後頭部をまじまじ見つめてしまった。
年齢の割にしっかりボリュームのある髪の毛は、廊下の薄暗い照明の下では紫がかった赤に見える。
「……はい」
答えた声が、ちょっと上ずった。
初めて足を踏み入れた待機室は8畳ぐらいの広さで、真ん中のテーブルを計7つの座椅子が囲み、端っこに液晶テレビが置かれている。
壁に沿って小学校や中学校で使っていたような古びた木製のロッカーが並び、中にプラスチックの籠が入っててそれぞれ『沙和』とか『すみれ』とか書かれた名刺が貼ってあった。
「この籠に私物を入れておくんだ。で、籠のここのところ、みんなから見えるように名刺を貼って、と」
アルミ製の名刺入れから朝倉さんが出来上がったばかりの一枚を取り出し、セロテープで貼り付ける。
新品ぴかぴかの名刺はブルーのギンガムチェックとリボンが描かれたかわいらしいもの。朝倉さんがチョウとかバラとか派手なものばかり薦めてくるので、一番おとなしいデザインを選んだ。
まだ大学生だから自分の名刺を持つのは初めて。初めての名刺には『知依』とまだ全然耳に馴染まない、自分じゃない人みたいな名前がしっかりプリントされている。
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