泡のように消えていく…第三章~Amane~<第44話>
<第44話>
まさかこんなにすごまれるとは思わなかったんだろう。みひろの肩がぴくぴくと小さく震えていた。
ついでにとどめを刺しておく。
「どう? あたしの私物籠にも、ゴキブリ入れる? 入れても全然構わねーけど、そんなことしたらあんたの私物籠にはウンコ入れてやるよ」
かたん、と控えめな音がして待機室の扉が開き、閉じた。
すみれが生気を失った顔で立っている。
泣いたのか、目が真っ赤に充血している。
あれだけ騒いでたんだ、この子たちの声も、啖呵を切ったあたしの声も、丸聞こえだったはず。
「あんたの真似、してみた」
すっかりシラけた雰囲気になってしまった部屋の中、まだ茫然としている新人軍団の輪から離れ、ぼんやり座ったすみれに近づいて、耳元で囁く。
まだ、誰にも知られたくなかったことが知られてしまったショックから立ち直れないんだろう、じっと俯いていたすみれが顔を上げた。
「え……?」
「たまには、人のために一生懸命になるのも気持ちいいね。そりゃ、やめらんないわ」
久しぶりに、本当に久しぶりに。心から笑っていた。
偽善?
でもいい。結果的に、それで自分も、偽善を施した相手も、笑えるのならば。
誰かのために何かをしたいと思うのは、本当に誰かのためじゃなく、自分がいい気持ちになりたいからだって、その考えは変わらない。でも、「誰かのため」を何もかも否定してしまったら、この世界はひどく味気ないものになってしまう。
よくドラマとかで出てくる、走ってくる車から身を挺して我が子を守る母親。あの母親がわが身を犠牲にするのは、子どもがかわいいからでなく、子どもがいなくなって悲しむ自分がかわいいからだ。
それを愛と呼ばなかったら、何を愛と定義すればいいのだろう。
あたしは飛鳥がいなくなったら悲しいことに気づいたから、飛鳥のために変わる決意をした。
「あり、がとう」
すみれが声を震わせて言った。
新人軍団の前では泣きたくないんだろう、目頭に力を入れている。
「どんだけひどい男だったのよ?」
「え?」
「あんたが殺したヤツのことを言ってるの。もう時効でしょ、思いきり悪口言っちゃっていいんじゃない?」
「……そうね。ほんと、サイッテーな奴だった」
そう言ったすみれは顔の皮が一枚剥がれたように、とてもきれいで潔かった。
泡のように消えていく…第三章〜Amane〜<完>
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