泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第49話>
<第49話>
リビングに戻ってハルくんの目の前で包丁を自分の喉元に突き付けると、冷めた瞳が一気に広がった。
両手ががたがたして、歯の根が合わない。あっという間に手のひらから汗がじわじわ溢れて、手首を伝う。
脅しじゃない。繋ぎ止めるための演技じゃない。
本気だった。
「ちょ、何興奮してんだよ、落ち着けって」
「落ち着いてる」
「どこが落ち着いてんだよ! 何考えてんだよ! 下ろせよそれ」
「いや。わたし、ここで死ぬ」
ハルくんに出会ってハルくんと交わって、初めて生きていることを実感できた。もうハルくんのいない日々なんて考えられないし、ハルくんがいなかった頃に戻るなんて絶対嫌だ。
それなら死んだほうがマシだ。
「冷静になれよ! どーすんだよ、こんなことで死んで。絶対後悔するぞ」
「死んだら後悔も何もないじゃない。わたしはハルくんが好きなの。ハルくんしか見えないの。ハルくんがすべてなの。ハルくんと一緒にいられないなら、生きる意味なんてない」
わたしの世界はだいぶ前から、ハルくん一色で塗りつぶされていた。
さっちーやのりちゃんと笑って過ごす時間も、家族と過ごすウザいほど平和な日常も、好きな音楽や本や芸能人も、みんなどうでもよくなった。
ハルくんが戻ってきてくれると言うなら、喜んでハルくん以外のすべてを手放すのに。
「マジかよ。あーわかったもう、勝手にしろ。めんどくせーわ」
ハルくんがのろのろと立ち上がりわたしに背を向ける。
面倒くさい。
わたしの存在はハルくんにとって、その一言で片づけられてしまうものだった。
人気記事
JESSIEの最新NEWSはFacebookページが便利です。JESSIEのFacebookページでは、最新記事やイベントのお知らせなど、JESSIEをもっと楽しめる情報を毎日配信しています。