泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第52話>
<第52話>
「たしかにあの時あの瞬間、すべてを失ってもいいと思った。その通りすべてを失って、でも、ハルくんは戻ってこなかった……。恵まれてたのに、友だちにも家族にも。恋なんてしなくても、十分なくらい。わかってなかったわけじゃないのに。バカよね」
「そう? そういうもんじゃないの?」
白い煙を吐き出し、雨音さんが言う。
雨音さんが吸っている煙草はラッキーストライク。ハルくんのジーンズの後ろポケットにいつも入ってたのと、同じ銘柄だ。
「あたしは、家族とか普通の生活とか、そういうものがよくわかないんだけど。ただ、この業界それなりに長いから、あんたに似た人はよく見るよ」
「ちょっと極端過ぎる例じゃない?」
「まぁね。あんた、その男刺したこと、後悔してないでしょ?」
「してないよ」
どれだけ後ろ指を刺されたってすべてを失ったって、わたしはわたしのしたことを決して後悔しない。たしかにわたしがハルくんを殺したことで悲しんだ人はいて、その人たちには心から申し訳ないと思う。
でも、ハルくん自身には、ちっとも悪いとは思わない。
あの人がわたしを弄ばなければ、もっと違う生き方ができたはずだ。
とはいえ、罪は罪なのであって……。
「雨音さん。わたしが犯した罪って、何年も世間と隔離されたり、大事な人たちとの繋がりを失ったり、みんなに責められたりすることじゃチャラにできないの。初めての本気の恋をあんな形で終わらせちゃったから、死ぬまで他の人を好きになれないかもしれない」
「今でもそいつが好きなんだ?」
頷いた。
憎くて、そして、愛おしいハルくん。自分自身でハルくんを壊したことで、自分の中にハルくんを永遠に閉じ込めてしまった。
ハルくんは今でもわたしの真ん中を真っ黒に満たしていて、他の誰かが入る隙間なんてない。
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