泡のように消えていく…第五章〜Sawa〜<第6話>
<第6話>
待機室を2人そろって出た途端、朝倉さんに鉢合わせた。
朝倉さんもちょうどこっちへ来るところだったらしく、お、と声を出さずに小さく口だけ動かす。1日の疲れがつもって、鋭い目の下に薄い隈を作っていた。
「お疲れさん」
「お疲れ様です」
わたしたちの声が重なり、知依ちゃんはすっと目を伏せる。朝倉さんの顔を直接見ようとしない。
「知依、面接室へ。5分したら俺も行く」
「はい」
いそいそと面接室へ向かう知依ちゃんの斜め横顔は、耳までしっかり真っ赤になっていた。
わかりやす過ぎる。
今日で辞めるんだから、朝倉さんと2人きりになれるのもこれが最後だ。あのいかにも内気な子が、何か行動を起こすとは思えないけれど。
「知依ちゃん、朝倉さんのこと好きみたいね」
面接室のドアが閉まったのを確認した後、声を抑えて言うと朝倉さんはすかさず眉をぎゅっと寄せる。
「冗談言うなよ」
「冗談じゃないわ。気づかないフリしちゃって」
ちょっとの沈黙。
朝倉さんは知依ちゃんが入っていった面接室のドアを険しい表情で見つめる。
少々年を取り過ぎてはいるものの、鋭すぎる目つきも皴の具合も、彫りが深くて端正な顔の造作と相まって、なかなか格好いい。知依ちゃんの他にも、これまでに朝倉さんに憧れていた子が何人かいたけれど、従業員同士の恋愛は固く禁止されている。
それでなくても、朝倉さんはいろんな理由があって体を売らざるをえない大事な『商品』たちを、私物化する人じゃない。
「知依は、変わった。ここで自信をつけたな。前よりも断然いい女になったよ」
「その代わりクラミジアになった」
わたしの顔に目を移した朝倉さんを睨み返す。知依ちゃんにクラミジアになったと打ち明けられてから、朝倉さんにひとこと言わなきゃと決めていた。
『生』で働けば、女の子がもらうだけじゃなくて女の子が感染源になる可能性もある。感染させられたお客さんは、店の内外問わずいろんな人に移す可能性を持つ。
『生』がどれだけ恐ろしいか遊びに来る人は全然考えてない。もっとも、そのへんをちゃんと考えているなら、ソープには行かないだろうけれど。
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