泡のように消えていく…第五章〜Sawa〜<第14話>
<第14話>
杏里と、結局最後まで引っ込み思案のまま、バイバイと小さく手を振る芽留ちゃんに別れを告げ、遠くの夕焼け空を見つめながら帰路につく。
日が長くなり始めた3月の夕空に広がる、オレンジのグラデーション。まばたきを忘れるほどきれいな色に、孤独を思い知らされる。
ずっと1人で生きているんだから、1人で家に帰るのなんて当たり前なのに。
杏里には大切なものがあって、わたしには自分の他にそんなものはない。そのことを痛感させられてしまった。
オートロックの玄関を開け、大理石が贅沢に使われたロビーを横切って、エレベーターホールへ。挨拶を交わす品のいい老婦人の名前をわたしは知らないし、相手も賃貸フロアに1人で住んでいるわたしのことなんて知るわけない。都内の一等地にあるこのタワーマンションには200世帯以上が入居してるんだから。
エレベーターの鏡に映る自分と向き合い、たしかに同い年の杏里よりずっと若く見える顔を認めて、安心する。
いつまでも若いのは当たり前だ。
ローズガーデンで得たお金の大半を、ここの家賃と自分自身につぎ込んでるんだもの。エステ、美容鍼、シミ取りレーザー、アンチエイジング仕様の高級化粧品、ヨガやピラティスのレッスン、サプリメント……。
仕事のためにメンテしてるのか、メンテのために仕事してるのか、もうわからなくなってきている。
こんな日々がいつまで続くんだろう。
店ではだんとつ最年長。いくらお金をかけてメンテしたところで一生時間に抗いきれるものじゃない。それぐらい知ってる。
「とりあえず、引っ越そうかなー……」
ゴージャスな共有部分に比べるとどうしても見劣りしてしまう1LDKの部屋に帰りついて開口一番、そんな言葉が口をつく。
せっかくソープで働いてるんだし、年齢と収入に応じたところに住んでもいいかなと3年前からここを借りてるけれど、次の更新の時に出て行くかもしれない。もっと家賃の低いところに住めば、その分をメンテに回せる。
メンテ……? 今、わたし、そう思った?
たとえば貯金を増やすとか、次の職を得るための資格の勉強に回すとか。そういうことじゃなくて、ソープ嬢を続けるためのメンテ代?
皮肉な笑いが自分に向けられる。
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