泡のように消えていく…第五章〜Sawa〜<第15話>
<第15回>
辞めたいとか辞めなきゃとか何度も考えたつもりだけど、結局本気じゃなかったんだ。しがみつく気満々じゃないの。
海外の雑誌とか、地球の反対側を旅行してきた友だちにもらったお土産とか、お気に入りものをディスプレイするのに使っている棚のガラス戸に、自分を嘲笑うわたしが映っている。
そんな顔をすると年齢相応に老けていて、余計におかしくなって喉からクックッと声が漏れ始めた時、携帯が着信を告げた。
ディスプレイには『母』の表示。バランスを失いかけていた心が、外からやってくる現実に刺激され、しゃんとする。
「もしもし」
『もしもし? 今、大丈夫?』
「大丈夫だけど。何かあったの?」
『別に何もないんだけどね』
何かあって電話してくることのほうが珍しい。
お母さんは1人で東京に暮らし、結婚もせず普通の仕事もせず、37歳にもなってソープ嬢を続ける娘が当然ながら心配で、週に1度は電話してくる。
『ちゃんと食べてるんでしょうね?』
「食べてるよ。もう、人をいくつだと思ってるの」
『食べてるったって、ろくなものじゃないんでしょう、どうせ。コンビニのお弁当とか』
「それがね、最近自炊に目覚めたんだ。今流行ってるでしょ、添加物を極力取らない、体と美容にいいオーガニック料理」
『だったら早いとこ自分のためだけじゃなくて、料理を食べさせてあげる人を見つけなさいよ』
こういう愚痴めいた言い草はいい加減聞き飽きているけれど、うんざりした気持ちを声には出さない。仕事のことは秘密にしておくべきだったのにバレてしまったのはわたしのせいで、心配かけている弱みから優しく接さなければと、意識する。
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