泡のように消えていく…第五章〜Sawa〜<第16話>

2015-05-27 20:00 配信 / 閲覧回数 : 992 / 提供 : 櫻井千姫 / タグ : Sawa 泡のように消えていく… 連載小説


 

JESSIE

 

<第16話>

 

『そりゃ、結婚だけが幸せじゃないんだけどね。あんただってもう若くないんだし、そのうち体にガタだって出てくるし』

 

「わぁ、リアルに嫌なこと、言うねぇ」

 

『本当に来るのよ、いつか。その時に1人で住んでたら、心配じゃない?』

 

そこでふっと、ためらうような沈黙がやってくる。どこかに苦しさを匂わせつつも明るく響いていた声が、急に沈む。

 

『もう、あんたの人生だからあんたの好きにすればいいとは思ってるけど。でもいつまでも続けられる仕事じゃないんだから、いい加減に先のこと考えないと』

 

「……うん。わかってる」

 

東京から特急と鈍行を乗り継いで2時間半のところにある実家は、印刷業を営んでいた。

 

短大を卒業してから27歳まで、親のもとで事務員として働いた。絵に描いたようなお金持ちではないにしろ、生活に不自由したことはなかったし、苦労も世間の厳しさも知らない甘ったれたお嬢さんだった。

 

それが10年前、不況の煽りを受けて実家の稼業の業績が悪化した。

 

聞くだけで卒倒してしまいそうな額の借金を抱えたお父さんはいっぺんに老け込み、お母さんは表面上は明るく振る舞ってはいたものの、ダイニングテーブルにはいつも精神科から処方された安定剤が転がっていた。あちこちに頭を下げまくり、金策のために駆け回る両親を見て、わたしも何かしたくなった。

 

東京に出てキャバ嬢になり、両親のためにお金を作ろうだなんて、今思えば世間知らずのお嬢さんらしい極端な考えだった。

 

心配しないで下さいと、そんなこと書いたって心配するものはするだろうに、馬鹿らしい書き置き1枚残して、生まれて初めて家を出た。

 

面接に行った六本木のキャバでは、わたしの年齢で今からキャバ嬢になるのは難しいと言われ、目の前が真っ暗になった。その代わりにAVの仕事を紹介するというので、藁にもすがる勢いで飛びついた。

 

今思えばそのキャバは、こちらが世間知らずのお嬢さんと見抜けばろくに説明もせず、よりハードな仕事をさせる、悪徳業者だったんだろう。

 

抵抗はもちろんあった。

 

これまでまったくそういう仕事をしたことがなかったんだし、そもそもセックスの経験だって3人しかない。

 

それでもここで引き返していいのかとか、お父さんを救いたくないのかとか、言葉巧みに口説かれた末、首を振ってしまった。

 

 

 




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