泡のように消えていく…第五章〜Sawa〜<第18話>
<第18回>
両親はそんなことまでして自分たちを助けてもらいたくはないと主張した。でも、わたしにしてみれば風俗は『そんなこと』じゃないから、そういう言い方はしてほしくない。
だいたい親のために仕方なくやってるなんて、違う。
そりゃ、最初はキャバクラで雇ってもらえなかったからしょうがなく、AVに出たに過ぎない。
でも今は自分が働きたいから働いているだけで、稼いだお金を2人に贈るのも、自分がそうしたいからだ、と。
話し合いはどこまで行っても平行線で決して交わることはなく、そんなことをしているうちに、お父さんが倒れた。会社と従業員のために身を削り、そこへわたしのせいでさらなる心労が重なって、食道をガンに乗っ取られた。しかも既に進行していた。わたしとお母さんには、余命が告げられた。
お父さんに寄り添って残された日々を生きることで、3人の気持ちが少しずつ変化していった。理解してほしいと思うのは単なるエゴで、エゴが衝突すれば、理解されない苦しみが生まれる。
そんなことをしていたら、勿体ない。
大切な人との時間は限られてるのに。
息を引き取る一週間前、お父さんはわたしに『好きなように生きなさい』と言った。
その言葉がわたしとお母さんとを、再び結び付けた。お父さんというかけがえのない存在を引き換えに、わたしたちは仲の良い親子に戻ることができた。
失ったものはあまりに大きすぎたけれど。
『いい人とか、いないの』
電話の向こうのお母さんは、ソープ嬢の母じゃなく、行き遅れの娘を心配する月並みな母親の声で言う。心配されるのは未だに申し訳なくて苦しくてちょっとウザくて、それでいてキャンドルの炎みたいな穏やかな温もりを生む。
「いないよ、そんな人」
いい人、と聞いてとっさに浮かんだのは彼の顔で、彼のことを思い出したのが随分久しぶりだと気づき、申し訳なくなる。
『まだ、忘れられないの?』
わたしの気持ちを悟ったようにお母さんが言う。電波に乗った声が、心配の度合いを強くする。
「ていうか、一生忘れられないよ。忘れるつもりもないし」
『……体を売るのがいいとか悪いとかは、もういいわよ。でも、そこを抜きにしても、よ。天国へ行った人が、今の沙和を見て喜ぶかしら?』
お母さんは知っている。わたしが風俗で働く本当の理由を。
最初は親のために始めた風俗だったけど、今は誰かのためでもなくお金のためでもなく、ただ、自分のためになってしまっている。
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