泡のように消えていく…第五章〜Sawa〜<第21話>
<第21回>
民家の石垣の上から枝をせり出して白梅が花を広げていた。白い小さな花から漂う香りが、まだ冷たい3月の夕風を春らしく染め上げている。どこかで自転車のベルが響く。
うららちゃんの家を後にして駅を目指す3人の影が、アスファルトに長く伸びていた。家賃が安いだけあって、駅までは歩いて15分近くかかってしまう。その代わりうららちゃんがお世話になっている産婦人科兼小児科までは、2分らしい。
「知依ちゃん、やっぱり辞めたんですね。最近、見ないなぁと思ってたけど」
クラミジアが原因で知依ちゃんが退店した話をすると、すみれさんはそう言って、雨音さんは黙ったまま顔を曇らせた。
なる人はなるし、ならない人はならないのが性病。とはいえ、今までが大丈夫だからって、これからも大丈夫なんて保障はどこにもない。
知依ちゃんの突然の退店は他人事じゃなかった。
「今日も本当は、行きたいって言ってたんだけどね。引っ越しの日と重なっちゃったって」
「引っ越し? あの子、実家じゃなかったでしたっけ? 家を出たんですか?」
雨音さんに向けて頷く。前は他人のことなんてどうでもいいし自分にも構ってほしくないって目をしてたけど、最近は少し素直になった。
「初めての1人暮らしだって。仕事もそのためにしてたみたいだし」
「ふーん。風俗、もうやらないのかな。やらなそうだけど。やらなくて済むのなら、そのほうがいいだろうけど」
そこでふっと会話が途切れた。3人分の足音がカツカツと冷たいアスファルトに響く。足もとにひんやりした風が吹いて、地面に落ち散っている梅の花びらがふわり巻き上げられ、ブーツをかすめた。
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