泡のように消えていく…第五章〜Sawa〜<第30話>
<第30話>
「どんな人なの?」
「系列のピンサロから来た子だ、素直ないい子だよ。名前は前の店のをそのまま使って、まゆみ。風俗はそのピンサロしか経験がないらしい。しっかり教えてやってくれ」
必要なことを話してしまうと、ふっとエアポケットのような沈黙がやってくる。
朝倉さんがテーブルの上のアイスコーヒーに手を伸ばす。
何か話さなきゃ。
急に気まずさが増幅して喉元で言葉をぐるぐるさせていると、朝倉さんが言った。
「店、辞めてもいいんだぞ」
「え」
「ノースキン、嫌なんだろう。引き止めたりしない」
本当は3年前、ノースキンが導入された時にだいぶ考えた。実際、『生』を嫌がって辞めていった子も少なくない。
それでも辞めなかったのは、朝倉さんについていきたかったことと、この仕事に愛着があることと、そして。
「辞めたって、行くとこないし」
「怖いか? 昼間の世界で生きるのは」
「怖い。OLだった時のことなんて、もうずいぶん昔だもの。それも親の会社だし、地方だし。こんな大都会で普通に働いて普通に生きるって、どういうことなのか想像もつかない」
「俺もだよ」
朝倉さんがどんな事情があって風俗の世界にいるのか、詳しくは知らない。少しだけ聞いた話では、朝倉さんには昔家族がいたらしい。
大切な人を失ったという共通点が、ゆるやかに2人を繋げている。
「沙和。俺も店、辞めようと思う」
話の流れからして不自然じゃないはずなのに、驚いていた。
こっちを見ようとしない彫りの深い横顔は、『思う』なんて曖昧な言葉は似合わない厳しさに満ちていて、この人の中で既に気持ちは固まっているのだと思った。
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