泡のように消えていく…第五章〜Sawa〜<第30話>

2015-06-10 20:00 配信 / 閲覧回数 : 971 / 提供 : 櫻井千姫 / タグ : Sawa 泡のように消えていく… 連載小説


 

JESSIE

 

<第30話>

 

「どんな人なの?」

 

「系列のピンサロから来た子だ、素直ないい子だよ。名前は前の店のをそのまま使って、まゆみ。風俗はそのピンサロしか経験がないらしい。しっかり教えてやってくれ」

 

必要なことを話してしまうと、ふっとエアポケットのような沈黙がやってくる。

 

朝倉さんがテーブルの上のアイスコーヒーに手を伸ばす。

 

何か話さなきゃ。

 

急に気まずさが増幅して喉元で言葉をぐるぐるさせていると、朝倉さんが言った。

 

「店、辞めてもいいんだぞ」

 

「え」

 

「ノースキン、嫌なんだろう。引き止めたりしない」

 

本当は3年前、ノースキンが導入された時にだいぶ考えた。実際、『生』を嫌がって辞めていった子も少なくない。

 

それでも辞めなかったのは、朝倉さんについていきたかったことと、この仕事に愛着があることと、そして。

 

「辞めたって、行くとこないし」

 

「怖いか? 昼間の世界で生きるのは」

 

「怖い。OLだった時のことなんて、もうずいぶん昔だもの。それも親の会社だし、地方だし。こんな大都会で普通に働いて普通に生きるって、どういうことなのか想像もつかない」

 

「俺もだよ」

 

朝倉さんがどんな事情があって風俗の世界にいるのか、詳しくは知らない。少しだけ聞いた話では、朝倉さんには昔家族がいたらしい。

 

大切な人を失ったという共通点が、ゆるやかに2人を繋げている。

 

「沙和。俺も店、辞めようと思う」

 

話の流れからして不自然じゃないはずなのに、驚いていた。

 

こっちを見ようとしない彫りの深い横顔は、『思う』なんて曖昧な言葉は似合わない厳しさに満ちていて、この人の中で既に気持ちは固まっているのだと思った。

 

 

 

 

 




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