泡のように消えていく…第五章〜Sawa〜<第32話>
<第32話>
経った時間はあまりにも長く、今はもう未練のない過去だけれど、時々白昼夢のように意識にすべり込んできて、懐かしく甘く、胸をひりひりさせる。戻りたいと願ったところで戻れるわけもないのに。
26歳の時、彼氏と地元の峠によく、ドライブに行っていた。
彼は、車が好きだった。といっても車にお金をかける車好きでもスピード違反の常習者な車好きでもなく、車を走らせるのが好きな車好きだった。
「なぁ。子ども、何人欲しい?」
短大時代の友だちの紹介で知り合って、2年。既に互いの親に紹介もしていたし、結婚の話も出ていた。確実な未来を掴んだと信じていたわたしたちは、会うたびに将来の話をした。
「えっとね。男の子と女の子、1人ずつかな」
「俺と同じだ! じゃあ、最初はどっち?」
「女の子かな。一姫二太郎、っていうし」
「それも同じ!」
彼は他愛無いことで顔をくしゃりとほころばす。
決して格好いい部類に入るわけじゃないけれど、高校大学とバスケで鍛えた大柄な体が逞しくて、笑うと目尻にできる皴が愛おしかった。
「お前は絶対、いい母親になるよ」
「だといいけれど。全然、自信ない。この前いとこの子どもの面倒見たけれど、30分でへばっちゃった」
「大丈夫だって、お前なら絶対」
そうかなぁ。頼りなく苦笑いするわたしに、彼は絶対と念押しする。
「子どもを育てるのって、立派な社会貢献なんだよ。いずれ社会に出てくる人間を育てるんだから。ところが、実際は自分のことだけ考えてる大人っていっぱいいて、そういう奴らがろくな親になんないじゃん? でもお前は優しいし、いつも周りのことちゃんと考えてるから。だから、大丈夫。絶対いい母親になれる」
運転中だから顔は前にしたまま、横目で頷く彼にいつまでもついていく気でいた。
わたしたちが話しているのは不確実な計画じゃなく、決定済みの判を捺された予定だと、信じていた。
生まれ育った町に住み続け、親元で仕事とも言えないような仕事をゆるゆるして、彼氏もいて……。
あの頃のわたしは25歳を過ぎていたっていうのに、ただの子どもでしかなかった。
本当に苦しいこと、悲しいこと、ちっとも知らなかった。
でも、知らないままでいても、よかったのかもしれない。
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