泡のように消えていく…第五章〜Sawa〜<第32話>

2015-06-12 20:00 配信 / 閲覧回数 : 933 / 提供 : 櫻井千姫 / タグ : Sawa 泡のように消えていく… 連載小説


 

JESSIE

 

<第32話>

 

経った時間はあまりにも長く、今はもう未練のない過去だけれど、時々白昼夢のように意識にすべり込んできて、懐かしく甘く、胸をひりひりさせる。戻りたいと願ったところで戻れるわけもないのに。

 

26歳の時、彼氏と地元の峠によく、ドライブに行っていた。

 

彼は、車が好きだった。といっても車にお金をかける車好きでもスピード違反の常習者な車好きでもなく、車を走らせるのが好きな車好きだった。

 

「なぁ。子ども、何人欲しい?」

 

短大時代の友だちの紹介で知り合って、2年。既に互いの親に紹介もしていたし、結婚の話も出ていた。確実な未来を掴んだと信じていたわたしたちは、会うたびに将来の話をした。

 

「えっとね。男の子と女の子、1人ずつかな」

 

「俺と同じだ! じゃあ、最初はどっち?」

 

「女の子かな。一姫二太郎、っていうし」

 

「それも同じ!」

 

彼は他愛無いことで顔をくしゃりとほころばす。

 

決して格好いい部類に入るわけじゃないけれど、高校大学とバスケで鍛えた大柄な体が逞しくて、笑うと目尻にできる皴が愛おしかった。

 

「お前は絶対、いい母親になるよ」

 

「だといいけれど。全然、自信ない。この前いとこの子どもの面倒見たけれど、30分でへばっちゃった」

 

「大丈夫だって、お前なら絶対」

 

そうかなぁ。頼りなく苦笑いするわたしに、彼は絶対と念押しする。

 

「子どもを育てるのって、立派な社会貢献なんだよ。いずれ社会に出てくる人間を育てるんだから。ところが、実際は自分のことだけ考えてる大人っていっぱいいて、そういう奴らがろくな親になんないじゃん? でもお前は優しいし、いつも周りのことちゃんと考えてるから。だから、大丈夫。絶対いい母親になれる」

 

運転中だから顔は前にしたまま、横目で頷く彼にいつまでもついていく気でいた。

 

わたしたちが話しているのは不確実な計画じゃなく、決定済みの判を捺された予定だと、信じていた。

 

生まれ育った町に住み続け、親元で仕事とも言えないような仕事をゆるゆるして、彼氏もいて……。

 

あの頃のわたしは25歳を過ぎていたっていうのに、ただの子どもでしかなかった。

 

本当に苦しいこと、悲しいこと、ちっとも知らなかった。

 

でも、知らないままでいても、よかったのかもしれない。

 

 




カテゴリー