泡のように消えていく…第五章〜Sawa〜<第44話>
<第44話>
だけど、わたしの首は縦に振られている。
「よろしくお願いします」
一歩。まず、一歩。
夜の世界から昼の世界へ旅立っていく人。夜の世界で居場所を見つける人。
どの道を選んだって、楽じゃない。
でも立ち止まっていたら、絶え間なく訪れる未来に目を背けていたら、生きられない。どんなに厳しい道でも、もしかしたら行き止まりにぶち当たってしまうかもしれなくても、立ち止まるぐらいなら進もう。歩き続けているうちに自分を囲む景色が変わっていくことを、わたしは望む。素晴らしい景色でなくても、荒野のようなところでも、構わない。
朝倉さんがぽつぽつ、語り出す。今の今まで大事にとっておいた言葉を、絞り出すように。
『俺、昔女房と子どもがいたんだ。女房はデリヘルやってた。俺も知っていた』
「……うん」
『女房は、客に殺された。ストーカーされてたらしくてな、ホテル街でつけられて、後ろから襲われた』
わたしは歩き続ける。
遠くで墓参りの人たちだろう、誰かの話し合う声がする。風がそこかしこで木々を揺らし、どこからかジンチョウゲの甘い香りがやってきて鼻腔に広がる。
「朝倉さん、子どもいたのね」
『事件の後、女房の実家に引き取られた。俺には一生会わせるつもりはないらしい』
なんで朝倉さんの奥さんが風俗で働いていたのか、しかも朝倉さんもそのことを知っていたなんてどういう状況なのか、全然わからないけれど。
大切な人を失った苦しみ。それが、この仕事と無関係ではないこと。たしかにわたしたちには共通点があった。
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