フェイク・ラブ 最終章〜Rin〜<第35話>
<第35回目>
「凛は、ネイリストになったの?」
2本目の煙草に火をつけ、冨永さんが言う。
あたしは頷く。
まだ冬の匂いを残した風が桜の枝を揺らし、冨永さんがダウンジャケットのジッパーを引っ張り上げる。襟のファーのところに、白い花びらがふわり着地した。
「うん。でも、無理だね。ネイリストになって風俗辞めるって思ってたのに、甘かった。給料、安過ぎなんだもん。ネイリストの仕事だけじゃ生活していけないから、むしろネイリストやるために風俗やってる感じ」
「そういうの、本末転倒って言うんだよ」
「うるさいよ。あたし、このままじゃ終わらないんだから。いつか絶対、自分のサロン持つ。その時がほんとの卒業」
「凛は逞しいな。まさに、名に恥じない生き方だよね。凛とする、の凛」
素敵な名前をつけてくれたこと。母親とも呼べないあの女に対して、この点だけは唯一感謝している。
「惚れ直した?」
「うん」
冨永さんが吐きだす煙草の煙に鼻をくすぐられる。
5年前に感じたことを思い出す。
こうやって交わす他愛もない会話が、ゆるゆる流れていく穏やかな時間が、大好きだったんだ。
たとえ触れ合うことはできなくたって、あたしたちはちゃんと繋がっていた。繋がっている。
「ちなみにね、俺も少し、進展したんだよ。あれから小説のほうでいっこ、文学賞とったし。ちっちゃいのだけど」
「うそっ、マジ!?」
「マジ」
「おめでとう」
「うん。時々文芸誌に書いたりしてるし、脚本のほうも少しずつ形にはなってきてる。けど、凛と同じでまだまだだよ。とてもそれだけで生活できないから、この仕事続けてる」
「昼間の仕事しながら書くって言ってたのは?」
「それは。なんかやる気、なくなってさ」
「あたしがいなくなったから?」
「うん……嘘だよ。凛のせいにはしない」
そこで、無機質な電子音が沈黙を破る。
もしもし、と途端に冨永さんが事務的な声になって。あたしは意味もなく川に背を向け、携帯を取り出す。画面に表示されている時間は3時40分。
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