『メゾン・ド・エレクトノエル』〜PTSDと記憶障害、そして最悪なオトコとの出会い<後編>
『211号室』<後編>
もうダメかもしれない。そんな絶望と恐怖と焦りのなかで、あたしは、ふと、目の前を見た。
なんと……。こたつのテーブルの上に、紙パックにストローをさした状態のお茶が置かれている。
そして、その横に今のあたしに一番必要な錠剤が2錠置いてあった。
深いことは考えず、兎にも角にも薬をお茶で流し込んだ。
力が入らないからお茶まみれになったけど、興奮状態のあたしを落ち着かせるのには十分な材料になった。
安堵。
この言葉はいつも服薬後に思い出す。大好きな言葉。
あれ? そういえば。大事なことを忘れていたような……。
そうそう、この寝てる男、こいつ誰だっけ? まぁいいか。いやよくないか。
机の上にメモがあった。あたしの文字じゃない。
『起きた時、オレが誰か分からんくっても、心配はするな。とりあえず、この薬お茶で飲んで。んで、寝ろ。バカ』
んんんんん………??? どういうことなのか全く理解できない。
薬がどんどん効いてきた。駄目だな。この薬飲んだら眠っちゃうんだった。
寒いな。眠気に抗えず、あたしは男のことはもう考えるのはやめにして、とにかくベッドに行こうと思った。
なんとか這って辿り着き、布団のなかに潜り込んだ。そうして、すぐに周りが真っ暗になった。
どれくらい経ったか分からないけど、目が覚めた。ふっと炬燵を見ると誰もいない。
さっきのって夢? 錯覚? 幻覚? 現実じゃなかったのか?
でもそれは、幸か不幸か現実だった。
だってパジャマが濡れてるんだもん。お茶の芳ばしい香りがしてるもの。
でも、さっき寝ていた若い男はもういなかった。
その代わり……、なのだろうか?
机の上にはまたメモがあった。
『明けましておめでとう。起きたか、バカ。また仕事終わったら戻って来るわ。23時ころ。夜は出前寿司食べよーな、ブス』
そう書いてある。
携帯電話見たら21時半過ぎだった。
ひたすら記憶の中に検索をかけ続けた。
あっ!! そう思うと同時に、涙が出てくる。
涙と一緒に、じわじわと思い出してきた。あいつが一体誰なのか……。
そいつの名前も何でそこにいたのかも、出会いも、関係性も思い出して、余計に泣ける。
3年以上も付き合いがあるのに、男女の関係にない、同志のやつ。
この病気にも付き合ってくれる暇なやつ。
バカにつける薬はないとか、死ななきゃ治らないの代名詞みたいなやつ。
でも、ありがとなんだよな。また助けられた。この病気に殺されて、この病気に生かされる。
あたしもバカだしポンコツだけど。あいつも相当にバカだな。
あたしの心に暖かいものが満たされていく。
あっ! お寿司の出前受付は22時くらいまでだった気がする。
そうだ。お寿司とっておかなきゃ。
誰かを待つって、なんかいいかもしれない。
あたしはその時、そんな風に思っていた。
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