泡のように消えていく…第四章~Sumire~<第30話>
<第30話>
「すみれちゃんは付き合ってる人いないの?」
「いないんですよね。もういい年なのに」
「うっそー。いいんだよ、色恋営業とかしなくて」
「いえ、ほんとに彼氏いないんです。もう10年も」
「10年……!」
細い目がいっぱいに見開かれ、何度かまはだきを繰り返した。
「それは、何? 10年前に、何かあったの? 男性不信になるようなこと」
「そういうわけじゃないけれど。ただ、好きな人ができなくて。理想高いのかも?」
「そっかぁ。もったいないなぁ、こんなにいい子なのに」
わたしなんて駄目ですよーと笑って返しながら思う。
田中さん、わたしは人を好きになっていい人間じゃないんだよ。愛し愛されて幸せになる権利なんてわたしにはないんだろうし、あれから一度も、新しい恋は訪れていない。
甘酸っぱくドキドキしたりときめいたり、平和な日常だからこそ得られる感覚はあの瞬間、失われてしまったのかもしれない。
「ねぇねぇ、その子からのメール、見てくれる? 女の子的に見て僕に気があるかどうか、判断してほしくってさぁ」
いそいそと携帯を取り出す田中さんは、わたしではなくすみれに向かって語り掛ける。
違う名前を名乗り自分自身を偽り続けるのは、少し寂しい。風俗にいる限り、わたしは本当のわたしじゃない。
これじゃあ、家や学校でいい子を演じていたあの頃と何も変わらない。
だからって西原園香として、表の社会に出て行くのも怖かった。
誰かにあの事件のことを知られて後ろ指を刺されるなんて……。
自業自得だとわかっていても、想像するだけで目まいがする。
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