Kiyomi〜風俗嬢の恋 vol.4〜<第18話>
<第18話>
ずっと冷たかった富樫さんの声が、初めて震えた。
ようやく自分に降りかかってきた現実を正確に捉えることが出来て、目の前が、世界が、消える。香耶も富樫さんもその他の人たちも誰もいなくなって、からっぽのあたしが一人残される。
富樫さんがくるりと振り返って、腰から折り曲げる丁寧なお辞儀をした。
「ごめん」
「そんな。そんなそんなそんなそんな。ごめんって」
涙が吹き出す。声が上ずる。絶望的な悲しさを超えて内側から沸きあがってきたのは、プライドを傷つけられた痛みだった。
捨てられる惨めさが、再びあたしを吼えさせる。
クッションもティッシュボックスも本棚に入ってる漫画も、2人で撮った写真を入れたフォトフレームも、手に触れたあらゆるものを富樫さんに投げつけた。
富樫さんは罰を受けるように、黙ってあたしの攻撃に耐えた。フォトフレームのガラスが割れて、破片がフローリングに散らばった。
「なんでだよ。富樫さんまであたしのこと馬鹿にすんのかよ。そんなにその女が大事なのかよ。どうせあれだろ。風俗嬢とは、ゴミとは、結婚できないって意味だろ!? わかってんだよ。お前までふざけんな」
「俺はこれ以上、清美の面倒はみきれない」
悲しみに暮れてはいるけれど、スッと意思の通った声。
あたしは次に投げようとした目覚まし時計を右手に握ったまま、静止した。いつものだるそうな目とは違う、きっぱりと思い切った瞳が、薄闇の奥からあたしを見つめていた。
「風俗嬢がいけないとか、そんな次元の問題じゃない。清美は心のかたちが醜すぎる」
「……」
「早くコンビニのバイトでもなんでもいいから仕事を見つけて、まっとうに暮らすんだ。あれだけ稼いでたんだから、とうぶん食べていけるだけの貯金はあるだろ?」
4年続いた愛はこうして終わって、富樫さんは冷たく背中を向けて部屋を出て行く。
これで、いろんなことが無意味になった。富樫さんにもっと好きになってほしくて始めたダイエット、きれいだれと言われたくて買い集めた洋服、実はタバコを吸う女は嫌いだってカミングアウトされて辞めたタバコも。
何より、あたしという存在時代が意味をなくした。
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