フェイク・ラブ 〜Aimi〜<第17話>
<第17話>
運転席から寝息が聞こえる。
冨永さんはさっきまで本を読んでいたけれど、いつのまにか文庫本のページを広げたまま無造作に顔の上にのせて、すうすう眠っていた。
ワゴンは、新宿中央公園前の道路の端に止められていて、コンビニの明かりが眩しい。風の強い夜で、街路樹がさわさわと葉を鳴らしていた。無数のため息が重なったような音。
別に見たくもないまとめサイトを惰性で見ていた携帯を閉じ、背もたれに体を預ける。
待機して、あっという間に4時間が過ぎた。
——今日もお茶?
冨永さんみたいに寝たいけれど、お茶を引くかもしれないという恐怖が眠気を打ち消している。
またお茶を引いたら、ほんとに今月の家賃が払えない。長時間の待機は辛いけれど、まだ待機室のある店じゃなくてよかったと思う。
デリ・スタイルの店は多くがそうだけれど、ドリームガールには待機室がない。
出勤は地下鉄に乗って新宿まで行き、ドライバーさんと合流。待機も、仕事への行き来も、ドライバーさん私物の車で。帰りは駅まで送ってもらうか、家が近い子は自宅まで送ってもらえるので、私も自宅送り組。新宿近辺に住んでいれば、自宅待機も可能だ。
もちろん車の中で他の女の子と顔を合わすことはあるけれど、その時の会話は挨拶程度で、基本的に他の子との交流はない。
こういうところで働いている女の子と仲良くできる自信がないから、人間関係が生じる待機室つきのお店じゃなくてよかった。
いくら人間関係がなくたって、暇なのは自分だけで忙しい子は忙しいんだ、ってことはなんとなくわかってしまうんだけれど……。
ぶるる、と膝の上で勢いよく携帯が震え、ついのけぞってしまう。寝息を立てていた冨永さんがぴくんと動く。
「ちょっと電話してきます」
はい、と寝ぼけた声が聞こえた。
ワゴンの外は想像以上に風が冷たく、ジャケット1枚羽織っただけの肩を縮めながら発話ボタンを押す。ディスプレイには『母』。
「もしもし」
『藍美? 今大丈夫?』
大丈夫と言ったが最後、お母さんお得意のマシンガントークが繰り広げられる。
こちらが寒い思いをしていることなんてお構いなし。仕方ない、こんな夜中にまさか外にいるなんて思ってないみたいだし。
よく聞いたら、時々目の前を通り過ぎるエンジン音とかで屋外にいることはわかるはずなのに、よく聞いてないから気づかない。昔から、口うるさくて、私のことをいつもよく見ているようで、何も見えていない人だった。
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