フェイク・ラブ 第三章〜chiyuki〜<第35話>
<35回目>
【10年後】
もう27だから、10代の頃と違って見た目が恋愛のすべてじゃないってことはさすがにわかってる。あの頃よりは化粧も上手くなったし服も買うようになって、美人じゃないなりに美人のふりをすることも覚えたつもりだ。
とはいえ風俗で働いていれば、自分がどの程度かって、嫌でも思い知らされる。玄関先でNGを食らったこともあるし、本指の数だって可愛い子にはまったく及ばない。
もちろん見た目だけで本指が左右されるわけじゃないけれど、男の人を気持ち良くさせるテクニックも会話の技術も持っていないし気配りも下手だから、18で業界して以来いろんな店を転々としてきて、どの店でもどちらかっていうと本指の取れない風俗嬢だった。
週5~6日出てるせいで、生活に困るほどではないけれど。
そういう売れてない嬢だからこそ、自分を気に入ってくれるお客さんの笑顔がささくれた心に染みる。それがニセモノだってわかってても。
まして、相手を好きになっていれば尚更だ。
「今度さーご飯食べに行こうよ」
5回目に会った時、長谷部くんはついに店外デートを求めてきた。プレイ後の汗の染み込んだシーツに並んで寝転がり、毛布にくるまりながら。肩までの長さの髪を撫でる手つきが宝物を扱うようで、つい頷きたくなるのをギリギリのところでこらえた。
「ご飯って、どこに行くんですか」
「どこでも。美樹ちゃんの好きなところ。ね、ご飯、何好き?」
「うーん……イタリアン、とか」
「オッケー。青山に女の子なら絶対気に入るイタリアンの店あるんだ。今度そこ、行かない? ごちそうするよ」
片思いのくせに死ぬほど好きだったあの頃には決して手に入らなかった自分だけに向けられた笑顔、優しい言葉。
でもわたしはもう17才の何も知らない女子高生じゃなくて、普通の女の子以上に男の醜い部分もズルい部分も知っているベテランの風俗嬢だから、甘い囁きの裏に隠れている本当の意味を知っている。
店外デートを希望してくるお客さんのほとんどが、その女の子とちゃんと付き合いたいなんて考えてない。お店に払うのが勿体ないから、プライベートな付き合いで自分の欲望を満足させたいだけ。要はセフレにしたいってこと。
長谷部くんもそういうズルい男の一人だと痛いほど思い知らされて、お腹の底が締め付けられるようだった。それでも浮かべる営業用の薄っぺらなスマイル。
「ごめん、最近ちょっと、忙しくて。落ち着いた頃にまた誘ってください」
「わかった、落ち着いたらね! 約束だから!」
そう言って小指に小指を絡めてくる。高一の文化祭、暗幕を張った薄暗い教室で同じことをしたのを、この人は絶対覚えてない。
わたしにとっては大きな意味を持つ約束も、長谷部くんにとってはどうでもいいことだったんだ。27になる今まで、彼は何人の女の子とこうしてかるーく、屈託なく、小指を絡めてきたんだろう。
既に長谷部くんの正体には気づいていた。わたしがあの頃全身全霊をかけて恋した人は、どこにでもいるごく普通の、ズルくてチャラくてスケベな、平均よりちょっとだけ顔の良い男の人だった。
きっと他のお店だって使ってるんだろうし、同じようにご飯に誘った女の子だって何人もいるはず。
それでもわたしは、この後店長に電話して今のお客さんをNGにして下さいとは言わない。愛してもらえることなんてありえないのはわかってるから、その代わりできるだけ長くこの関係を続けたい。これからもここに呼んでほしい。
我ながらひどい未練だ。こんな気持ち、恋とも愛とも違う。ピュアな初恋も胸の中に長い間抱えているうちに、太り続けてドロドロ醜くなってただの執着になった。
「ねぇー、美樹ちゃんって田舎、どこ?」
帰りがけ、シャワーを浴びて服を着ている時に言われた。ついにこの質問が来たか。肩から上を強張らせる。
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