フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第11話>
<11回目>
バッグから財布を取り出し、6枚のお札を入れている時、さっきから聞こえている歌声が気になって外に目をやった。
朝の新宿西口で一人ギターをかき鳴らすストリートミュージシャン。ぱらぱらと行きかう人たちは、見事に素通りしていく。夜ならストリートミュージシャンはこのへんでちょくちょく見るけれど、朝は珍しい。
「最近よくいるんですよ、あの人。時々移動して、いろんなとこでやってるみたいです。前は渋谷でも見たし、やっぱり朝に」
「へー」
いつのまにか、冨永さんも彼のことを見ている。
空気も凍りそうな1月の都会で、彼の歌は新宿の西口ロータリーによく響いていた。耳に入ってくるフレーズは、大量生産のJ-POPを切って貼って繋ぎ合わせたようなものだったけれど、メロディがちょっと独特だ。
「たぶんオリジナルです。よく聞いてると、けっこう上手いんですよ」
「ふーん?」
「えらいですよねー、こんな寒い中」
「でも、こんな朝からやってたって、誰も聴いてないでしょ。何がしたいんだか」
「もしかしたらあの人、悪の組織の一員かもしれませんね。歌詞が暗号になってるとか」
「冨永さん。そういうのつまんないし、オヤジくさい」
「オヤジ! そう来ましたか。しょうがないですね、本当のことですからね」
冨永さんと話しているとつい盛り上がってしまう。冗談ばっかりで、中身は空っぽの会話に癒されるのは、実は寂しいからなのかもしれない。
今度こそ本当のお疲れ様を言って車を出た。
一歩歩みを進めるごとに、ストリートミュージシャンの彼に近づいていく。年齢は24歳か25歳くらい? あたしと同じくらいだろうか。
やや色が黒すぎる他は整った顔をしている。ホスト風の白くてひょろひょろした男は好みじゃないし、マッチョ過ぎるのも嫌。男らしく意志の強そうな顔立ちは、なかなかあたしのタイプだ。
思考が妙な方向にいってるのに気が付いて慌てて俯く。
彼の目の前を通り過ぎる瞬間、横顔に視線を感じた。気のせいかもしれないけれど、落ち着かなくなって足を動かすテンポが速まった。
人気記事
JESSIEの最新NEWSはFacebookページが便利です。JESSIEのFacebookページでは、最新記事やイベントのお知らせなど、JESSIEをもっと楽しめる情報を毎日配信しています。