フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第13話>
<13回目>
「野々花ちゃん、最初はよく寝てたんですけど、一度トイレに起きてからどうしても寝れなくなっちゃって。でもしばらく一緒にテレビを見てたら、ぐっすり眠っちゃいました」
預けている間のことを笑顔で報告してくれる保育士は、野々花のメールに出てきたゆうちゃん。あたしもゆうちゃんゆうちゃん呼んでるので、いつのまにか本名を忘れてしまった。
歳はたぶん莉緒と同じくらい、あたしより若いだろうけれど、しっかりしている。
野々花はこのゆうちゃんがお気に入りで、四六時中まとわりついているらしい。
「そっかー、じゃあ結構寝たんですね」
「そうですね。でも、もしかしたら昼間、眠くなっちゃうかも?」
「わかりました……。あの、ここんとこ毎回、夜中に起きちゃうとか寝つきが悪いって聞いてるんですけれど……」
あたしの小さな不安は伝わってるだろうに、ゆうちゃんは笑顔を崩さない。
「ひょっとしたら、お昼寝の時間が野々花ちゃんには余計なのかもしれませんね。大人でも子どもでも、人それぞれ必要な睡眠時間は違いますから」
「ですよね……。いや、ちょっと、不眠症みたいなものなのかなって思って」
「大丈夫ですよ、寝つきには個人差がありますし」
母の心配をすっぽりくるむ笑顔に、小さな不安がやわらいでいくのを感じた。
そう、ゆうちゃんの言う通り、あたしが心配し過ぎなんだ。多少眠れなくたって、こんなに元気に飛びついてくるんだもの、問題ない。
朝なのに『夕焼け小焼け』を一緒に歌って、繋いだ手を振り回しながら帰った。
保育園で覚えたての歌らしい。早朝の夕焼け小焼けがおかしかったのか、母子のほほえましい光景だと思ったのか、反対側の歩道を歩く犬を連れたおじいさんがすれ違いざまにっこりした。
「今日は、てかもう、昨日だけど。保育園で何したのー?」
「えとね、お歌歌って、タンバリンで遊んで、折り紙で飛行機作った。お外では砂場でね、富士山作ったの」
「すごーい野々花、富士山作れるんだ。今度ママにも作ってみせてよ」
うん、と元気のいい声が返ってくる。繋いだ手にさりげなく力を込めた。
頑張って良かった。ねちっこく触ってくる手にもウンコの臭いが混ざったような口臭にも、耐えて良かった。
すべての我慢は、ちゃんと、この子のために生かされていく。
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