フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第29話>
<29回目>
願いをかけて身に着けると、切れた時に願いが叶う。
そんなジンクスを信じてしまうほど子どもではないけれど、お母さんが勝手にあんな願いをかけたわけだし、しかも野々花が作ってくれたものだ。
5歳児の手作りで、もろかったからすぐ切れただけだと自分に言い聞かせても、どうしても必然のような偶然のような、運命のようなものを感じてしまう。
風俗嬢だろうがシングルマザーだろうが、あたしも若かりし乙女、なのだ。
「伊織ちゃん、声をかけるまでもっと大人だって思ってた。まさか俺と同い年だなんて」
「ひっどーい。そりゃ、よく老けてるって言われるけどさぁ」
「いや、それだけしっかりしてるって意味だよ」
「話したこともない時からしっかりしてるってわかったの?」
「そういうの出るじゃん、雰囲気とか表情に」
「上手いねぇ、ごまかすの」
い、いや、ごまかしてないからとハッシュドポテトを喉に詰まらせかけ、咽る佳輝くんが可愛くて、すっかり冷めてしまったコーヒーを差し出す。
佳輝くんは喉仏がくっきり浮き出る喉を上下させ、残りのコーヒーを一口で飲み切った。
あの朝、ただミサンガを受け取って、ありがとうございますと踵を返すことも出来たはずだった。
でも実際、あたしはありがとうの後に、勇気の一言を付け足した。
「あの。いつもそこで、歌ってる人ですよね?」
佳輝くんは目の横に皴を作って嬉しそうにはい、と言った。
ダイキ。ショウ。タツヤ。ナオト。いくつか想像した中のどれでもない彼の名前。
でもとても、雰囲気に合っている。きれいな響きなのに、直線が多くてちゃらちゃらしてない、字面もいい。佳輝。
最初は駅の構内で立ち話をした後、一曲歌ってもらった。いつもは堂々と響く歌声が少し震えていて、緊張しているのが伝わってきた。
二度目に話をした時は24時間営業のハンバーガー屋さんに誘われ、お茶をした。帰りに赤外線通信をした。
それからは西口ロータリーで一曲歌ってもらった後、ハンバーガー屋さんで朝食を共にするデートを重ねている。
歌う曲はいつも違った。カーペンターズやビートルズ、古い洋楽のメジャーなナンバーから、10代の頃2人が慣れ親しんだJ-POP、オリジナルまで。
あたしが膨らました佳輝くんに関する想像は、同い年だった年齢ぐらいしか当たってなかった。
出身は九州じゃなくて真逆の東北、それも日本海側の雪がどばどば降る(これは本人の表現)地方で、大学で東京に出てきたのは合ってたけれど、職業はショップ店員じゃなくてシステムエンジニア(これは、少し意外)。
音楽は大学時代の一時期は入れあげていたけれど、今はプロになりたいなんてこれっぽっちも思ってないらしい。
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