フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第30話>
<30回目>
「自分にそこまでの実力がないってよくわかってるし、今はそこは別に悔しくないんだよ。ただ、歌を誰かに聞いてもらえるってのがいいんだ。誰だって社会に出たら大人になんなきゃいけないし、いつまでも青臭ぇこと言ってらんないじゃん? でもやっぱ、大人になりたくないって思ってる自分もいて。歌ってるうちはそのへんのバランスが、取れるような気がしてさ」
佳輝くんに比べたらずっとちっちゃい夢だけど、あたしにもショップ店員になりたいという夢があって、現実的な不満はあっても、それを叶えた身としては、佳輝くんの悩みや葛藤を簡単にわかるよ、とは言えない。
でも、自分なりのやり方で自分に折り合いをつけて、その上で自分なりのやり方で人生に楽しみを作る姿を、ひそかに尊敬した。
「でも、子どもいるって聞いて納得した。そりゃしっかりしてるよな、苦労してんだもん」
佳輝くんからしたら子どもを持ち1人で育てているあたしのほうが、よほど尊敬の対象らしい。互いに尊敬し合えるって、男女関係でもそうでなくても、すごくいいことだ。
「そんな、大した苦労なんかしてないよ。もっと大変な人いっぱいいるし」
「そうかもしんないけど。俺みたいに好き勝手に生きてきただけの25歳の若造からしたら、旦那に頼らないで1人で育ててること自体、すげぇんだって」
褒められるのは嬉しくて、後ろめたい。
一刻も早くあたしに会いたいと早起きして待っている野々花が気がかりだけど、結局佳輝くんと過ごす時間を優先し、お迎えの時間を遅らせてしまっている。
あたしは親よりも女としての自分を大切にしてしまう、ダメな母親だ。
せめてもの罪滅ぼしと、お茶をする時間は30分、それ以上はダメだと2人の間で取り決めがあった。佳輝くんもその点は納得してくれている。
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