フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第33話>
<33回目>
「ママーっそれキャベツじゃなくて、白菜!!」
頬を膨らませた野々花に怒られ手もとを見ると、あたしが真っ二つにしようとしていたのはたしかにキャベツじゃなくて白菜だった。
といっても本当に料理をしてるわけじゃなくて、キャベツも白菜もままごとのセット。
周りにはプラスチックの表面がてかてかしている、にんじんとか大根とかが散らばってる。どれも真ん中から包丁を入れると真っ二つに切れて、マジックテープでくっつくのですぐ戻せる。包丁もまな板もお皿もコップも、みんな可愛らしいままごとサイズだ。
「ごめん、ごめん。ママ、ぼうっとしちゃってた」
「だめだよー。ママ、今はお父さんなんだから、お母さんの言うこと聞かなきゃだめ」
「はいはい、そうだね。ママがお父さんで、野々花がお母さんだもんね」
お父さんはお母さんに絶対服従、家事を手伝わされるって。いったいこの価値観はどこで覚えてきたんだろう?
たぶん保育園発だろうけれど。
お父さん。野々花はごく無邪気に、この単語を口にする。
「野々花―。もし野々花に本当にお父さんがいたら、どう思う?」
さりげなく、ごく自然に、聞けたと思う。
野々花はままごと用の空のボウルを泡立て器でかしゃかしゃやりながら(何を作っているのかまったく不明だ)、首をかしげる。
「わかんない。お父さん、いたことないもん」
「そっかぁ。そうだよねぇ」
思わず苦笑いする。
野々花のために、父親がいたら? そんな考えは親のエゴでしかない。
父親がそもそもいたことのない野々花は、とりあえず今のところは父親がいないことをまったく不幸に思っていないし、むしろ突然現れた「父親」に混乱する可能性のほうが高い。
今朝、佳輝くんにあんなことを言われたせいで家に帰って横になってもなかなか寝付けなかったし、起きてからもぼうっとしてばっか。
ずっと待ってる。
何の迷いもなく言った佳輝くんの目があたしの胸を甘くときめかせ、そして心に隠した火種をあぶる。
好きな人にああ言ってもらえて、嬉しくないわけがない。
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