フェイク・ラブ 第四章〜Iori〜<第45話>
<45回目>
「ごめんね、しばらく連絡、できなくって」
「ううん」
「仕事忙しくてさ……。いや、やめよう。伊織ちゃんと話すまで、時間が欲しくて。頭ん中まとめるまでに、日数いって、さ」
後ろを通り過ぎていくハイヒールの足音が耳につく。ぎこちない彼の笑顔がイタい。
好きな人にこんな顔をさせたくなくて、自分から言おうとした。
「あのね、実はあたし」
「知ってるよ」
あの時と同じ、軽蔑の欠片もない憐れみと諦めの混ざった瞳。
「ロータリーで伊織ちゃんが車から降りてくるとこ、何度も見てるもん。俺、知ってるよ。あのロータリーで車の後部座席から降りる子が、どういう子か」
「……嘘」
「嘘じゃないって。そうならそうって伊織ちゃんの口から言ってほしかったし、言ってくれるのを待ってた。でもやっぱ、信じたい気持ちもあったかな」
「……じゃあ、知ってて、あたしに話しかけたの?」
こっくり頷く。
いたずらを見つけられた子どもみたいに、口もとが変な形に曲がって笑いを作っていた。
「なんで? 佳輝くんはあたしがあんなところで働いていても平気なの?」
「平気じゃないよ。平気なわけ、ないだろ」
初めて声を荒げられた。行きかう人の視線を感じ、佳輝くんが気まずそうに足もとに目線をやる。
「はっきり言って、嫌だよ、辞めてほしいよ。どういう事情があるのかわかんないけどさ。たとえ子どものためだとしても、自分の好きな人がそんなとこで働いてたら、俺以外の男にそういうことしてたら、嫌に決まってんじゃん」
「じゃあなんでよ。じゃあなんで、あんなこと」
「それでも好きだから」
どんなラブソングよりもどんなにレトリックを駆使した言葉よりも、心臓を直撃する一言。佳輝くんの目が奥に溜まった涙で膨らむ。
「好きだから。どうしようもないから。伊織ちゃんにこのまま会えなくなるなんて、絶対嫌だったから……。仕事のことはちゃんと話し合おう。きっと、2人とも幸せになれる道があると思う。ないなら作る」
あたしの目もたちまち涙で膨らんでいくのがわかって、心に抱えた迷いが消し飛んだ。
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