フェイク・ラブ 最終章〜Rin〜<第1話>

2014-08-19 20:00 配信 / 閲覧回数 : 1,008 / 提供 : 櫻井千姫 / タグ : Rin フェイク・ラブ 連載小説


 

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<第1回目>

 

やばっ。

 

口の中で呟いて、左手人さし指に咲いた失敗作のバラを、何事もなかったように拭う。

 

縦ロールにした金髪と、ひじきみたいなつけ睫毛が印象的な目の前の女は、たぶん出勤前のキャバ嬢だろう。客と連絡を取り合っているのか空いた右手でiPhoneを突つくのに夢中で、一切ネイリストと会話をしようとはせず、あたしがしくじったことにはまったく気づいていない。

 

小さな童謡を悟られないように作業を続ける。

 

店内にはほどよい音量でクラシックのピアノ曲が流れ、個室の隅に置かれた籐かごの上ではアロマディフューザーがラベンダーの香りの霧を吐いている。

 

個室を仕切るカーテンはお姫様ベッドの天蓋から吊るされるものみたいにドレーフたっぷり、お客様のちょうど目線の位置には小型液晶テレビ、ガラステーブルには施術中に頂いてもらうためのアップルティーとクッキー。何もかもがリラックスのために作られたこの空間で、あたしたちネイリストはひたすらお客様にかしずき、爪を飾る作業に追われる。

 

ネイリストとして働き始めて4年目、今のサロンで2軒目。最初に働いた激安がウリの渋谷のサロンは激安なだけにお給料も激安で、なんと時給750円。逆に目玉が飛び出る額だ。

 

ちゃんと勉強して技術も知識も身に着けないとできない仕事なのに、コンビニのバイト以下なんてありえない(時給500円のサロンもあるっていう噂だ。まんざら都市伝説でもないと思う)ので、1年前から六本木にある少しグレード高めのサロンに移った。

 

全席マッサージチェア付き個室、アロマディフューザーと小型液晶テレビ完備、お茶とお菓子を必ずお出しする。何もかもがセレブ向けなこのサロンは、お客様からもセレブ向けの料金を頂戴しているのだが、ところがあたしたちネイリストの懐に入るのはさすがに時給750円よりは良いけれど、都内で一人暮らしするには心細すぎる金額だ。

 

その上、前のサロンよりもクレームが多い。セレブ向けの料金を払っているだけに、ネイリストに対する期待も大きいのかもしれない。

 

すぐに剥がれちゃったんだけどどうしてくれるんだとか、ちょっとアートのバランスがおかしいんだけどとか。もちろんこちらに非がある場合もあるけれど、それはお客様のせいだと思うんですが、って言いたくなることも多々。

 

だから、目を皿にしてじっくり見ないと気づかないようなほんのわずかな失敗だって、許されない。

 

とはいえ、まさか時給750円に戻るわけにもいかないので、しばらくはこのサロンで働くつもり。

 

 

 




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