フェイク・ラブ 最終章〜Rin〜<第8話>

2014-08-26 20:00 配信 / 閲覧回数 : 1,070 / 提供 : 櫻井千姫 / タグ : Rin フェイク・ラブ 連載小説


 

JESSIE

 

<第8回目>

 

「美樹さんかぁ。あの人も、辞めないですね。辞めたいオーラすごい出してるのに」

 

「辞めないですよ、あの人は。車乗るとよく、辞めたいって話するけど」

 

「やっぱり」

 

「でも辞めないでしょうね。どれだけ精神病んだって仕事が嫌になったって、完全にこの世界に囚われてますから」

 

「冨永さんのそういう勘って、当たりそうですよね」

 

「ながーくやってますからね、この仕事」

 

デリヘルのドライバーは噂好きが多いけれど、冨永さんは誰かが乗っている時、別の誰かの噂や悪口を絶対に言わない。

 

5年前も、そういう関係になるまで一切そんな話はしなかった。

 

今でもあの頃と同じように、秘密の話が出来ることが嬉しい。

 

「ねぇね、じゃあ、最近辞めたナンバーワンのレナさんは? あの人、戻ってくると思う? あっあと、レナさんと仲の良かった晶子さん。あの人もいきなり辞めたよね」

 

「レナさんのほうは、わかりませんね。晶子さんは大丈夫な気がします。まぁ、戻ってきたとしてここではないでしょうね」

 

「そりゃそうだ」

 

「どっか行きたいとこありますか?」

 

噂話はしても、しらじらしい敬語はそのまま。知っているのに呼んでくれない本名。

 

冨永さんが決めたこの距離を、これ以上縮めることはできないんだろうか?

 

それでもいい、そのほうがいい。

 

わかっているのに、駄々をこねる子どものように嫌だ嫌だと叫びたくなる。

 

「特にない。煙草吸えれば」

 

「じゃあ、あそこ行きますか」

 

敬語のまま、ハンドルを握る冨永さんの声がちょっと上ずった。

 

あそこ、でちゃんと通じる。あそこ、って言ったらあそこしかない。

 

「行く。てか、行こう」

 

エンジンが加速する。

 

5年前、ドリームガールじゃない別の店で働いていた頃、あたしたちは付き合っていた。

 

ただし最後までキスひとつしない、まるで中学生みたいな、いや中学生の頃だってしたことない、馬鹿みたいにプラトニックで濃密な付き合いだった。

 

あんなふうにひとを好きになれることはもうないって、5年たった今でも確信できるほど。

 

 

 

 

 




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