フェイク・ラブ 最終章〜Rin〜<第8話>
<第8回目>
「美樹さんかぁ。あの人も、辞めないですね。辞めたいオーラすごい出してるのに」
「辞めないですよ、あの人は。車乗るとよく、辞めたいって話するけど」
「やっぱり」
「でも辞めないでしょうね。どれだけ精神病んだって仕事が嫌になったって、完全にこの世界に囚われてますから」
「冨永さんのそういう勘って、当たりそうですよね」
「ながーくやってますからね、この仕事」
デリヘルのドライバーは噂好きが多いけれど、冨永さんは誰かが乗っている時、別の誰かの噂や悪口を絶対に言わない。
5年前も、そういう関係になるまで一切そんな話はしなかった。
今でもあの頃と同じように、秘密の話が出来ることが嬉しい。
「ねぇね、じゃあ、最近辞めたナンバーワンのレナさんは? あの人、戻ってくると思う? あっあと、レナさんと仲の良かった晶子さん。あの人もいきなり辞めたよね」
「レナさんのほうは、わかりませんね。晶子さんは大丈夫な気がします。まぁ、戻ってきたとしてここではないでしょうね」
「そりゃそうだ」
「どっか行きたいとこありますか?」
噂話はしても、しらじらしい敬語はそのまま。知っているのに呼んでくれない本名。
冨永さんが決めたこの距離を、これ以上縮めることはできないんだろうか?
それでもいい、そのほうがいい。
わかっているのに、駄々をこねる子どものように嫌だ嫌だと叫びたくなる。
「特にない。煙草吸えれば」
「じゃあ、あそこ行きますか」
敬語のまま、ハンドルを握る冨永さんの声がちょっと上ずった。
あそこ、でちゃんと通じる。あそこ、って言ったらあそこしかない。
「行く。てか、行こう」
エンジンが加速する。
5年前、ドリームガールじゃない別の店で働いていた頃、あたしたちは付き合っていた。
ただし最後までキスひとつしない、まるで中学生みたいな、いや中学生の頃だってしたことない、馬鹿みたいにプラトニックで濃密な付き合いだった。
あんなふうにひとを好きになれることはもうないって、5年たった今でも確信できるほど。
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