フェイク・ラブ 最終章〜Rin〜<第13話>
<第13回目>
警戒していたというよりは人見知りな性格のせいで、冨永さんとまともに会話したのは入店して1カ月ほどが過ぎたある日の車内でのこと。
仕事に向かう途中、お釣り袋を受け取った時だった。
「それ、グレムリンですか?」
何を言われているのかわからなくて、固まってしまう。
冨永さんは既に前に向き直り、ハンドルを切っていた。
「その、左手の人さし指に描いてあるやつです」
「グッ、グレムリン!? ちっ違いますよ、チワワですよ!!」
ちょっと怒っていた。だって、ネイルスクールでみんなに褒めてもらった、自身最高傑作のチワワの顔だったのに。
「似たようなもんじゃないですか、グレムリンもチワワも」
「全然違います!!」
「それ、マニキュアで描いたんですか?」
「マニキュアじゃなくて、ジェルネイルです。普通のマニキュアは、塗ったら塗ったそばから固まってくけど、ジェルネイルはライトを当てて固めるから、ライトを当てるまではやり直しができて……。でもこのチワワは、絵の具ですけれど」
「なんだかよくわかりませんが、とにかく、はるかさんは絵が上手いんですね」
それまでも、何度だって呼ばれてたはずなのに、仕事上のやり取りを超えた会話のせいか、風俗デビューした18歳の頃からどの店でもずっと使ってきた源氏名が、意味深な響きを持つ。
今思えば、あたしはろくに話したこともなかったこの頃から、冨永さんに惹かれていたんだろう。
人柄はわからないまでも、全身から滲み出る雰囲気、穏やかなテンポで紡がれる言葉、そういうものに……。
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