フェイク・ラブ 最終章〜Rin〜<第15話>
<第15回目>
店の話はしない、他の女の子から聞いた話を勝手にしない、要は噂話禁止。
それが冨永さんのモットーだって付き合った後に知ったけれど、その頃もお互いに仕事を忘れたいという思いがあったのか、仕事の話はほとんどしなかった。
あたしが時々、お客さんのことを愚痴るぐらい。
たいがいは他愛もない話で、その中に少しずつ少しずつ、打ち明け話を混ぜていった。他の人には話せないけれど好きな人には知ってほしい、ちょっとドラマみたいなあたしの過去。
「うちの母親さー、マジひどかったの。今でいう、ネグレクトっての? 殴られたりとかはなかったけどさ、ありゃー、完全な育児放棄だよ」
こんなことを言っても冨永さんは可哀想にと顔をしかめたり、あからさまな同情を口にしない。だから、なんでも話せる。
「男と遊んでばっかで、全然子どもに構わないんだからねー。3歳児のご飯が毎回、コンビニのおにぎりか菓子パンなんだもん。洗濯もしてくんないから、いっつも服が臭ってて、小学校じゃあこじきって呼ばれてたんだよ」
「それならうちの父親だって負けてませんよ。俺、小さい頃土手を裸で走らされましたからね。ほんと、パンツすら履かせてもらえなかったですよ。河原で同級生が野球やってて、股間をぷらぷらさせながら走ってく俺を見てるんです」
親のひどさで張り合おうとする人なんて、世界中隅から隅まで探したって冨永さんぐらいじゃないだろうか。冨永さんと子どもの頃の話をすると、いつも『うちのひどい親合戦』になる。
「それならあたしだって、風呂上がりにスリップ一枚で外に出されたことあるよ。しかも12月に。マジ、寒くて死ぬかと思った。いきなり男が来て、大事な人だからあんたがいると邪魔だとか言ってたな。金をいっぱいくれる愛人だったんじゃない?」
「俺だって真冬にベランダに裸で出されましたよ、しいたけ残しただけで。しっかり内側から鍵かけられて、途中からカーテンも閉められて。普通の親なら30分とかそこいらで開けてくれるんでしょうが、夜中になってようやく入れてくれましたからね。途中で雪まで降ってきて。ほんとに危なかったです、虐待じゃなくてもはや殺人未遂ですね」
「土手を走らされるとかベランダに外出されるとか、やたら裸が多くない?」
「そうですね。だから今でも、ダウンの中、裸なんでしょうね」
と、背中の破れたところにガムテープを貼っているカーキ色のダウンの前を開け、夏もののぺらぺらなTシャツを指差してみせる。タバコを吸いながら笑ったら吐き出す煙が変な形になった。
辛い思い出を笑い話に変えることで、足首にいくつもひっついてた見えない足枷が、ひとつずつ外れていくような気持ちになった。
母親のことは一生許せる気がしない。
でも、縛られていたものから解放されて自由になることは、結局は許すことに繋がるのかもしれない。憎しみ、恨み、マイナスの感情を昇華させれば、より自由に生きられる。
あたしは冨永さんと笑い合うことで、母親とも呼べないような女にネグレクトを受けていた凛から、ただの凛になれた。
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