フェイク・ラブ 最終章〜Rin〜<第17話>
<第17回目>
「もうすぐ、春だねー」
「もうすぐ春ですねー」
「なんであたしの真似するんですか」
「してませんよ。はるかさん、桜って今頃からもう蕾つけてるの知ってますか」
「嘘。まだ1月だよ」
「それがつけてるんです。もっと先、秋の葉を落とす頃には既に春の準備をしてますから。植物は何気に、計画的ですね」
「冨永さんも少し見習ったほうがいいかもね」
「そうですね。俺もいい歳だし、そろそろ計画的に生きないとですね」
毒にも薬にもならない会話をしながら、後で絶対桜の枝先を見てみようと思っていた。
川沿いに植えられた桜の木は未だ寒そうな丸裸で、おばあちゃんの手みたいな細く節くれだった枝を水面に伸ばしている。反対側の岸辺に立つ桜と手を繋ごうとしているように。
ここから見える桜が全部満開になって、水面がピンクに染まるのを冨永さんと一緒に見たい。ふと、心からそう思った。
好き、大好き、どうしようもなくこの人が好き。
キスもセックスもしてないのに、それどころか手も繋いでないのに、桜の蕾みたいにぐんぐん気持ちが膨らんでいく。
こんな恋、初めてだ。
「そういえばあたし、桜ネイルにしたの」
ネイルスクールの実習でひと足早く春の装いにした爪を冨永さんの目の前にかざす。冨永さんがあたしの人さし指と中指を軽く握って顔を近づける。
一瞬だけ触れた手と手。
毎日毎晩、もっともっとすごいことを見知らぬ男たちとしているくせに、たったそれだけのことにドキリとする。
「これ、全部自分で描いたんですか」
「そうだよー。当たり前でしょ! エアーブラシ使ってさ」
「すごいですね。はるかさん、芸術家ですね」
「芸術家なんて大げさな。あたしがなりたいのはね、ネイリスト。あと1年スクール通って試験受けて、就職する。そしたらこの店にもバイバイ。てか風俗自体、上がるつもり。もう若くないしね、いい加減、次考えなきゃ」
今まで誰にも言ってなかったのに、初めて辞める意思を口にした。
少しドキドキしながら、隣でタバコを咥える冨永さんの横顔をちら見する。決して整ってるわけじゃないけれど、色黒の肌も少し痩けた頬も目じりにできる皴も、たまらなく愛おしい。
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